11月の那須。肺の奥まで凍りつくような鋭い空気が、鼻腔を突き抜ける。私たちは、誰が一番先に荷物を忘れるかという、くだらない賭けをしていた。結果的に、一番自信満々だったあいつが、ロビーに足を踏み入れた瞬間にスマホを車に忘れたことに気づく。グランドメルキュール那須ハイランドリゾート&スパの重厚な絨毯が、その情けない叫び声をすべて吸い込み、静寂へと還していった。
舌の上でとろける那須牛の脂。濃厚な香りが鼻をくすぐり、赤ワインのグラスが触れ合う高い音が心地よく響く。外の凍てつく寒さと、口の中で広がる熱い旨味のコントラストに、本能的な食欲が加速する。デザートのムースを食べていたとき、あいつの鼻先に白いクリームがついたままで、私たちはあえて指摘せず、笑いを堪えながらシャッターを切り続けた。そういう小さな、くだらない時間が一番いい。
「なあ、この部屋、俺たちのレベルに合ってなさすぎないか?」Superior Twinの洗練された空間に放り出されたとき、誰かがぼやいた。ふかふかのベッドにダイブし、弾む感触にみんなで大笑いする。高級な空間に身を置くと、不思議と自分たちの不完全さが際立つ。誰かが急に社長のような顔をしてワイングラスを回し始めたとき、私たちは一斉に冷ややかな視線を送った。この遠慮のない空気こそが、旅の正解なのだ。
那須ハイランドパークへ向かう道中、「最短ルートを知っている」と豪語したリーダーを信じたのが間違いだった。見たこともない森の小道に迷い込み、冷たい風に煽られながら、散歩の時間は倍に膨れ上がる。足元でカサカサと鳴る枯葉の乾いた音と、遠くで聞こえる誰かの笑い声。目的地に着くことよりも、誰の方向感覚が一番壊れているかを検証することに、私たちは夢中になっていた。
屋外岩風呂の縁に触れたときの、ざらりとした冷たい石の感触。そこから一歩踏み出した瞬間、熱い湯が肌を包み込み、芯まで温まっていく。視界を覆う白い湯気と、時折聞こえる静かな水のせせらぎ。ここでは、誰とも喋らなくていい。指先がふやけてくるまで、ただぼーっと冬の空を眺めていた。孤独ではないけれど、一人になれる空白の時間。それが友人との旅には不可欠なのだ。
深夜3時の廊下。照明が落とされ、世界に私たちしかいないような錯覚に陥る。絨毯が厚すぎて、歩いても足音が一切しない。氷を取りに行くまでの短い距離が、まるで異世界への通路のように感じられた。壁に反射するかすかな光と、遠くで聞こえる冷蔵庫の低い唸り。豪華なホテルの静寂は、時として物理的な重さを持って肌に張り付いていた。
夜空に大輪の花火が咲いた。鮮やかな色彩が視界いっぱいに広がり、数秒のラグを経て、ドォンという地響きのような音が胸に届く。光と音の間の空白に、私たちは同時に息を呑んだ。誰が先に声を出すか、あるいは誰が黙ったままでいるか。火花が消えた後の深い暗闇に、誰かが小さく「綺麗だね」と漏らした。その言葉が、音のラグよりもゆっくりと、でも確実に心に染み渡った。
リネンのひんやりとした冷たさと、掛け布団のずっしりとした重みのバランス。ベッドに潜り込んだとき、ようやくこの旅の輪郭が見えた気がする。迷子になって、誰かをいじって、美味しいものを食べて、静かに眠る。グランドメルキュール那須ハイランドリゾート&スパの白いシーツに包まれていると、自分たちの不完全ささえも、この旅の彩りとして肯定される。明日になればまた、いつもの私たちに戻るけれど。
冷たい空気の中で、誰かの体温だけがそこにあった。
- 深夜のラウンジで、誰が一番贅沢な顔をしてお酒を飲めるか競い合ってみて。
- 屋外岩風呂の温度に身を任せて、あえて何も考えない時間を15分だけ作ってみて。