← 戻る ホテルJALシティ名古屋 錦

濡れた靴の音と、白いシーツの温度

濡れた街と、静寂の境界線

(Aの記憶)
伏見駅から歩く道すがら、湿ったアスファルトとオゾンの匂いが鼻をついた。ホテルJALシティ名古屋 錦のロビーに足を踏み入れた瞬間、肌を撫でたのは、計算され尽くした凛とした冷気。濡れた靴底がタイルの上で小さく鳴る音が、心地よいリズムとなって意識を覚醒させる。カードキーをかざして部屋に入ると、そこには外界の混沌を一切拒絶した、静謐な白が広がっていた。エアコンの低いハム音が、耳の奥に溜まった街の喧騒をゆっくりと洗い流してくれる。このスマートな空間に身を委ねるだけで、乱れていた思考の輪郭が、鮮やかに描き直されていく感覚があった。

(Bの記憶)
信じられないと思うけど、私たちは「絶対に濡れずにホテルに着く」っていう、根拠のない賭けをしていた。結果はどうなったと思う。二人とも、ずぶ濡れ。笑っちゃうくらいひどい状態でロビーに転がり込んだ。お互いの靴から水が滴る様子を見て、同時に吹き出した。「完敗だね」と笑い合いながら部屋へ駆け込み、誰が先か競うようにベッドにダイブした。シモンズ社製ベッドのマットレスが、心地よい反発力で私たちを優しく押し返してくる。濡れた服の不快感さえも、このふかふかした感触の中では、ただの「最高に面白いエピソード」に変わった気がした。あの瞬間の解放感は、何物にも代えがたい。

濃厚な味噌と、賑やかな記憶

(Aの記憶)
運ばれてきた味噌カツの、あの濃い茶色のソースが放つ深い光沢。箸で持ち上げた時の、ずっしりとした重量感に意識が集中した。口に運ぶと、まずは衣の硬い質感が歯に当たり、その直後に濃厚な味噌の塩気と、豚肉の脂がじゅわりと口いっぱいに広がった。立ち上る香ばしい湯気が、鼻腔を心地よく刺激する。熱いお茶を一口飲めば、口の中がリセットされ、再び次のひと口への期待が高まる。味覚だけが研ぎ澄まされ、周囲の音が遠のいていく。ただ、目の前の食感という情報だけに没入する、贅沢で孤独な時間だった。

(Bの記憶)
味噌カツの味はもちろん絶品だったけど、それ以上に記憶に焼き付いているのは、店内に充満していた熱気と、私たちの止まらない喋りだ。眼鏡が真っ白に曇って、相手の顔が見えなくなった瞬間に、「今の顔、最高にひどいよ!」とツッコミを入れ合い、また大笑いした。店員さんの忙しそうな足音や、隣の席から聞こえる賑やかな話し声。そんな雑多なノイズさえも、料理の味をより鮮やかに彩る調味料になっていた気がする。結局、何について話していたかはもう思い出せないけれど、あの時の弾けるような空気感だけは、今でも指先に残っている。

都会の喧騒を忘れる、唯一の聖域

結局、この旅で一番の正解だったのは、ホテルJALシティ名古屋 錦のコンフォートツインに沈み込んだ瞬間だったということ。外はまだ雨が降り続いていて、窓ガラスを叩く不規則なリズムが聞こえていたけれど、厚いカーテンを閉め切った室内は、完全に切り離された聖域のようだった。重力に身を任せて、清潔な白いシーツに包まれる。そこにあるのは、誰にも邪魔されない、心地よい空白。私たちは言葉を交わすのをやめ、ただそれぞれの静かな呼吸の音だけを聞いていた。孤独ではないけれど、一人になれる場所。そんな矛盾した心地よさに、二人とも深く同意していた。

玄関先に立てかけられた濡れた傘が、静かに夜の訪れを待っている。

  • 雨に濡れた名古屋城まで、あえてゆっくり歩き、深い青の紫陽花に心を委ねる。
  • アメニティバーで選んだ飲み物を片手に、錦の夜景をぼんやりと眺める贅沢な時間を。