ロビーの自動ドアが開いた瞬間、濃厚なリリーの花の香りがふわりと鼻をくすぐった。チェックインの手続きを待つ間、次男が私の足の甲にずっしりと乗り上げ、長女は絨毯の深い毛足に足が沈み込む感覚が心地よいのか、何度も何度も、弾むように足踏みを繰り返している。計画通りにいかない旅の始まりだったけれど、それが不思議と心地よかった。九月の澄み切った空気が、心の中の焦りを静かに洗い流してくれたからかもしれない。
福容大飯店 花蓮の頂楼にあるスイミングプール。その縁で、次男が小さな手で激しく水を跳ね上げている。指先に触れる水の温度は、肌を心地よく引き締めるほどに冷たく、同時に降り注ぐ陽光が肩を温めていた。水しぶきが光を反射し、空中で無数の小さな宝石のように散らばる。子供たちの無邪気な笑い声が、鏡のような水面に波紋を描いて広がっていく。私はただ、水面に溶け込む空の青を眺めていた。完璧な静寂ではないけれど、この賑やかさが今の私たちにはちょうどいい。身体がゆっくりと水に馴染み、重力から解放されていく感覚に身を任せた。
廊下を走る小さな足音が、「タッタッタッ」と軽やかなエコーとなって静まり返った空間に響いている。その音は、遠くから押し寄せる太平洋の波音と重なり、不思議な調和を生んでいた。長女が「あそこに星が見えるよ!」と弾んだ声で叫んだとき、その鋭い響きが、心地よい静寂を鮮やかに切り裂いた。音は、言葉以上の情報を運んでくる。誰がどこにいて、どんな気分でいるのか。耳を澄ませば、互いの心の温度まで伝わってくる。この場所の静けさは、単なる無音ではなく、家族の気配という音が丁寧に配置された、贅沢な空白なのだろう。
街角の小さなお店で見つけた紅油抄手。唇に触れる赤い油の熱さと、ピリッとした刺激が、冷え始めた秋の夜気に心地よく馴染む。滑らかな皮に包まれた餡の旨味と、スープの深いコクが喉を通るたび、身体の芯からじんわりと温まっていくのがわかった。「おいしい!」と口の周りを真っ赤にして笑う次男の顔。その鮮やかな色彩が、記憶の中でゆっくりと滲み出し、旅の風景と混ざり合っていく。味覚は、景色よりも深く、その場所の記憶を魂に刻み込む。
午前六時の光が、厚いカーテンの隙間から一本の細い線となって差し込んできた。部屋の中を静かに舞う小さな埃さえも、その光に照らされて黄金色の粒子のように輝いている。まだ深い眠りについている子供たちの、穏やかな横顔。私はただ、光の色が深い青から白へ、そして眩い金へと移ろいゆく過程を、呼吸を止めて観察していた。時間は止まっていないけれど、ここでは時間の流れ方が、日常よりもずっと緩やかだ。急ぐ必要なんてない。ただ、光が部屋の隅々まで満たされるのを待っていればいい。
福容大飯店 花蓮に備え付けられた自転車の洗浄スペースで、チェーンにオイルを差すときの、あの独特な金属的な匂いを嗅いだ。冷たい水で泥を洗い流す激しい音。ハンドルを握ったときの、少しだけざらついたゴムの質感。私たちは自転車に乗り、海沿いの道を駆け抜けた。強い風が頬を叩き、潮の香りが肺いっぱいに広がる。私は三つの大きなバッグを抱え、泣き出した次男をあやしながら、不器用なペンギンのように歩いていた。けれど、その滑稽な光景さえも、後になればかけがえのない愛おしい断片になる。旅の疲れを癒やす贅沢なマッサージの心地よささえ、この泥臭い時間があったからこそ、より深く身体に染み渡ったのだ。
最後の日、大きなベッドに家族全員で横たわった。パリッとしたリネンの感触が肌に心地よく、天井を見上げながら、誰が何を話すでもなく、ただ一緒にいた。家族の記憶は、濡れた紙に落ちたインクのように、個々の出来事がゆっくりと滲み出し、やがて一つの大きな色に溶け合っていく。誰の記憶が正解かなどどうでもいい。ただそこに一緒にいたという事実だけが、心地よい重みを持ってそこにある。私たちは、ただ静かに、同じリズムの呼吸を共有していた。
夜の海に、銀河がミルクをこぼしたように白く輝いていた。
- 子供と一緒に早起きして、部屋から日の出を眺めてみてください。光の色が変わる瞬間は、何よりの贅沢です。
- ホテルの自転車を借りて、七星潭までゆっくり走るのがおすすめ。風の感触が、旅の記憶を鮮明に刻みます。