車を降りた瞬間、しっとりと肌にまとわりつく湿った空気とともに、どこか懐かしい鉱物の匂いが鼻をくすぐった。2月の宜蘭は、空が低く、雨が静かな言語のように街全体を優しく包み込んでいる。もしかすると、この街の正体は水そのものなのかもしれない。チェックインに向かう道すがら、下の子が「あ!オレンジ色の大きな箱がある!」と歓声を上げて指をさした。それが、私たちの目的地である礁溪晶泉丰旅だった。
家族での旅行というのは、いつも計画通りにはいかない。誰かが靴下を片方失くし、誰かがお菓子の袋をぶちまける。けれど、そんな小さな混乱こそが、後になって一番鮮やかな記憶の断片になる。雨に濡れたアスファルトの匂いと、家族の賑やかな笑い声。そんな日常の延長線上にある贅沢が、ここにはあった。
家族の記憶に刻まれた、五つの色彩と温度
オレンジ色の格子。雨に濡れていっそう濃くなった木の色が、鉛色の空に鮮やかに浮かび上がっていた。指先で触れると、少しざらついた木の質感がひんやりと心地よい。この温かな色が、雨の中を歩いてきた私たちを優しく迎え入れてくれたように感じた。最初にこの色彩に心を奪われたのは、窓の外をずっと眺めていた老大だった。
ぶかぶかの青い浴衣。藍染めの深い色が、子供たちの小さな体にゆったりとまとわりついている。歩くたびに裾が床をさらさらと掃き、誰かが誰かの裾を踏んで「おっとっと」とバランスを崩す。その不器用で愛らしいリズムが、ホテルの廊下に心地よく響いていた。この微笑ましい光景を、一番近くで慈しんでいたのは私だ。
赤ワイン煮込みの牛肉。高級感あふれる朝食ホールに漂う、濃厚で甘い香りと、淹れたてのコーヒーの芳醇な匂い。口に運ぶと、じっくり煮込まれた肉が舌の上でほどけ、体の中からじんわりと熱が広がっていく。子供たちがパンを頬張る横で、大人の時間としてゆっくりと味わう至福のひととき。この深い味わいに一番深く頷いていたのは、父さんだった。
空へと溶けるインフィニティプール。屋上のプールに身を委ねると、水面がそのまま遠くの空へと繋がっているように見えた。視線の先には、ぼんやりと浮かぶ亀山島のシルエット。冷たい冬の風が頬を打つけれど、お湯の温度が絶妙で、このまま溶けてしまいたいと思うほど心地よい。水しぶきを上げて一番に飛び込んだのは、好奇心旺盛な下の子だった。
半露天風呂へのわずかな空白。客室の半露天風呂へ向かうとき、室内から外気に触れるまでの、わずか三秒ほどの空白がある。その一瞬だけ、肌がぴりっと冷えて小さく身震いする。けれど、その直後に熱い湯に身を沈めたときの、あの圧倒的な解放感。この「温度のラグ」こそが、旅の心地よさを定義しているのかもしれない。この快感に、家族全員で同時にため息をついた。
湯上がりの心地よい倦怠感に身を任せ、家族で寄り添い合った、ぬくぬくとした夜。
- 朝食の赤ワイン煮込み牛肉は絶品です。ぜひ時間をかけてゆっくりと味わってください。
- 屋上のプールから望む亀山島は、早朝の澄んだ空気の中で最も美しく輝きます。