ある午後のあなたへ。予約ボタンを押すまで、少しだけ時間がかかったね。どちらが先に言い出すか、あるいはどちらが迷っているかを、私たちはなんとなく察していた。そんな不確実なまま、それでも一緒にいたいと思ったあなたへ。この部屋が、今の私たちにちょうどいい温度であるように。
瑠璃色の静寂と、耳に届くまでの空白
裸足で踏みしめたタイルの、ひんやりとした硬さが心地いい。沖縄かりゆしリゾート EXES恩納の「EXES ロイヤルプールスイート」に足を踏み入れたとき、まず気づいたのは、自分の足音が小さく反響することだった。部屋の広さを、数字ではなく、その残響の長さで理解する。バルコニーへ続く重厚な扉を開けると、1月の少しだけ冷たい海風が、室内に漂う洗練されたソープの香りと混ざり合って鼻先をかすめた。
目の前に広がる東シナ海を見ていると、不思議な感覚に陥る。白い波が砂浜に砕けるのが先に見えて、その音が耳に届くのは、ほんの一秒後。視覚と聴覚の間に生まれる、小さな、けれど確かな時間差。そのラグが、なんだか今の私たちみたいだと思った。「答えを急がなくていいよ」と心の中で呟く。視えていても、聞こえるまで待っていればいい。そういう緩やかな時間が、ここには流れている。
プライベートプールの水面に指先を浸すと、心地よい温もりが指先から全身へ広がっていく。外気との温度差が、肌の境界線を曖昧にし、自分がどこまでで、どこからが世界なのか分からなくなる。マイクロバブルのシャワーを浴びて、皮膚の表面が滑らかに整うのを感じながら、私たちはあえて多くを語らなかった。壁に飾られた紅型アートの鮮やかな色彩が、静寂に包まれた部屋の中でだけ強く主張している。その色の強さに、言葉にできない不安を預けてしまいたくなるような、そんな気分だった。畳のスペースに寝転んで天井を見上げると、そこには東京やロンドンでは決して見ることのできない、透き通った、けれどどこか寂しげな冬の空が広がっていた。
ほどけない結び目と、朝の柔らかな光
朝の7時。まだ意識が半分だけ眠っている頃、隣であなたが小さく寝返りを打つ音が聞こえた。カーテンの隙間から差し込む淡い光が、シーツの上に白い波のような陰影を作っている。私たちは、お互いの呼吸のリズムが完全に揃うまで、ただじっと、その静寂を共有していた。もしかして、このまま時間が止まってしまえばいいのかもしれない。けれど、お腹が空いたという身体的な欲求が、私たちを優しく現実へと引き戻す。
レストランで出された地元の料理。例えば、じっくりと煮込まれた豚肉の、口の中でほどけるような柔らかさと、少しだけ甘いタレの深い味わい。それを口にしたとき、ふっと肩の力が抜けるのがわかった。「正解を探す旅ではなく、ただそこに在ることを許される旅なんだね」。私たちは、お互いのことをまだ全部は知らないし、これからも分からないことがたくさんあるだろう。でも、それでいい。全部を知ってしまうよりも、この「分からない」という余白がある方が、ずっと贅沢で、愛おしい気がする。
そういえば、部屋に戻ったとき、私はホテルの完璧に畳まれたタオルの美しさに感銘を受けて、自分でも同じように綺麗に畳もうとした。大人の余裕を見せたかったのかもしれないけれど、結果として出来上がったのは、なんだか潰れた餃子みたいな、情けない形の布の塊だった。それを見たあなたが、ふふっと短く、けれど心から楽しそうに笑った。その笑い声が、どんな贅沢な設備よりも、私をこの場所に、そしてあなたの隣に繋ぎ止めてくれたと思う。完璧である必要なんてない。むしろ、その不格好な部分こそが、私たちが一緒にいる理由なのだと、冬の陽だまりの中で確信した。
青い海が、ゆっくりと夜に溶けていくのを、ただ眺めていた。
- ライブラリースペースで、あえて違う本を読みながら、時々視線がぶつかる時間を過ごしてほしい。
- ガーデンプールで、何も考えずにただ水に浮いて、空の色が変わるのを眺めてみて。