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冷たいスイカの種が、絨毯に転がったまま

冷たいスイカの種が、絨毯に転がったまま

08:00, 水上のレストランで

エアコンの冷気と、外から忍び込む沖縄の湿った熱気が、入り口付近で小さくぶつかり合っている。そんな温度の境界線を通り抜けて、水上に浮かぶレストランへ向かう。足元からかすかに聞こえる水のせせらぎが、心を凪の状態へと導いてくれる。私は、子供たちが静かに食事をすることなんて期待していない。実際、次男は椅子に座るなり「お魚さんが下にいる!」と歓声を上げ、長女はパンにジャムを塗りすぎてテーブルにこぼした。けれど、ここではそれが不思議と許される気がする。上質なリネンが、こぼれたジャムを静かに受け止めている。地元の新鮮な果実の甘い香りと、淹れたてのコーヒーの深い苦味が混ざり合い、鼻腔をくすぐる。子供たちの賑やかさが、この洗練された空間にゆっくりと滲み出していく。それはまるで、真っ白な和紙に一滴の墨を落としたときのように、境界線が曖昧になり、心地よい調和に変わっていく感覚だった。「いいよ、ゆっくり食べなさい」と心の中で呟く。私たちは、親という役割を脱ぎ捨てて、ただ一緒に朝を迎えている。それだけで十分だということ。

14:00, プライベートヴィラの水辺で

濡れた足跡が、テラスのタイルに点々と続いている。太陽の熱をたっぷりと吸い込んだ石の温度が、裸足の裏からじわりと伝わってくる。オリエンタルヒルズ沖縄の「エグゼクティブスイート」に備わるプライベートプールは、私たち家族にとっての最高の「作戦基地」になった。長女は得意げに潜水ショーを披露し、次男は浮き輪から落ちて盛大に水を被った。そのたびに上がる歓声が、ヴィラの壁に跳ね返って、心地よいリズムを刻む。181平米という贅沢な空間は、子供たちが全力で走り回っても、誰にも迷惑をかけない十分な余裕がある。リビングからバスルームまで、裸足で歩く距離が心地よく、ふかふかのカーペットに触れるたびに、体の中の緊張がほどけていく。濡れたタオルの山がソファに積み上がり、部屋の中は混沌としているけれど、それが今の私たちの「正解」なのだと感じる。「パパ、見てて!」という叫び声と水しぶきが、夏の午後の黄金色の光に溶けていく。完璧に整った部屋よりも、誰かがここで笑い、誰かがここで眠ったという生きた痕跡がある空間の方が、ずっと深く呼吸ができる。

19:00, 空の色が溶け合うロビーで

夕暮れ時、ロビーのミラーショットの前に立つ。オレンジ色から深い紫、そして濃い青へと溶け合う沖縄の空が、鏡のような床にそのまま映し出されていた。次男が「空を触りたい!」と言って、床にべったりと寝転がった。その姿が鏡に反射して、まるで彼が深い宇宙に浮かんでいるように見える。周りの大人が少しだけ微笑ましく見守る中、私たちはその滑稽で愛おしい光景を写真に収めた。その後は、バー「てぃんがーら」へ。ピアノの生演奏が、水面に広がる波紋のように静かに空間を支配している。バカラグラスの中で氷が小さく鳴る、澄んだ音。大人は静かに酒を嗜み、子供たちはその心地よいリズムに身を任せて、少しだけ大人びた顔をしていた。恩納村の夜風が、火照った肌に心地よく触れる。遠くで聞こえる夏祭りの太鼓の音が、私たちの意識をゆっくりと外の世界へ連れ出していく。けれど、ここにある静寂は、外の喧騒を拒絶するのではなく、優しく包み込んでくれる。私たちは、ただそこに在ることを許されていた。

22:00, 眠りに落ちた後の静寂で

子供たちが深い眠りに落ち、部屋には心地よい静寂だけが残った。ベッドのリネンは驚くほど滑らかで、肌に触れるたびに、今日一日の心地よい疲れがゆっくりと吸い込まれていく。窓を少し開けると、遠くで波が砂浜を洗う規則的な音が聞こえた。昼間の喧騒が嘘のように、今はただ、自分たちの呼吸音だけが部屋に満ちている。ふと見ると、絨毯の上に冷たいスイカの種がいくつか転がったままになっていた。それを片付けようとして、ふと手が止まる。この小さな汚れこそが、私たちがここで過ごした濃密な時間の証明なのだと思う。「明日もまた、賑やかになりそうね」と隣で笑う妻の声が、心地よく響く。誰にも見られない、深夜の静かな時間。私たちは、明日もまた子供たちのわがままに振り回されるだろう。けれど、この場所で過ごした時間は、私たちの心に深い色の層を重ねてくれた。親である前に、一人の人間として、ただ心地よいと感じる。そんな贅沢な感覚が、ゆっくりと体の中に浸透していく。明日、目が覚めたときに、またあの子たちが「おはよう」と叫ぶのが、なんだか楽しみで仕方ない。

冷たいシーツに足を滑り込ませ、私たちは静かに目を閉じた。

  • ダイヤモンドビーチまでの4分の道を、あえてゆっくり歩いて、足裏で砂の温度を感じてみてください。
  • ロビーのミラーショットでは、あえて構えずに、子供たちが自由に動く瞬間を切り取ってみるのがいいかもしれません。