私たちの「迷走」を静かに見守っていた5つの証人たち
貸出用の大きな傘:雨粒がプラスチックを叩く激しいリズムと、湿ったアスファルトの匂い。駅からのわずか5分の道を歩く間、誰が誰をカバーするかで言い争い、結局みんなでずぶ濡れになった私たちの情けない格好を、すべて記憶している。
冷たいルームキー:指先に触れるプラスチックのひんやりとした感触と、カードリーダーが拒絶する無機質な電子音。指先が湿っていたせいで何度も弾かれ、誰かが「もういいよ!」と叫んだ瞬間の、あの爆発しそうな解放感を共有している。
32階のプールの水:視界いっぱいに広がる突き抜けるような青と、肌をなでるぬるい水の温度。インフィニティプールで「モデルっぽく撮ろう」と意気込んだものの、ゴーグルに水が入った瞬間に崩壊し、泥仕合のような水掛け合いに発展したあのカオスを飲み込んだ。
パリッとした白いベッドシーツ:洗いたてのリネンの清潔な香りと、肌に吸い付くようなひんやりとした質感。深夜3時、明日の朝食に何を食べるかという些細な問題を、まるで国家予算の審議であるかのように真剣に議論した、あの熱い夜の記憶。
バスルームの曇った鏡:シャワー後の濃密な蒸気と、指先でなぞったときのぬるりとした感触。完璧なメイクを追求していたはずが、いつの間にか鏡に落書きをして笑い転げていた、あの適当で愛おしい私たちの顔を映し出していた。
もし、この部屋の壁が口を開いたなら
きっと彼らは、私たちを「世界で最も効率の悪い旅人たち」だと笑うだろう。だって、緻密に練り上げたはずのスケジュールなんて、板橋凱撒大飯店にチェックインした瞬間に、雨に濡れた紙に落としたインクのようにじわじわと滲んで消えてしまったのだから。5月の板橋の空気は、肌にまとわりつくように重く、湿度という名の見えない膜が街全体を優しく、けれど執拗に包み込んでいた。でも、不思議とそれが心地よかった。境界線が曖昧になる感覚。私とあなたの区別が消え、ただ「私たち」という一つの大きな笑い声に溶けていくような、心地よい喪失感。
ロビーに漂っていた気品ある百合の花の香りが、湿った風に乗って鼻先をかすめたとき、ふと思った。「あぁ、私たちは正解を探しに来たわけじゃないんだな」と。遠くから端午の節句の賑やかな喧騒が風に乗って聞こえ、誰かが「螢火蟲(ホタル)が見たい」なんて突拍子もないことを言い出したけれど、結局私たちは32階のルーフトップバーで、宝石をぶちまけたように光る夜景を眺めていた。信じられないかもしれないけれど、予定をすべて捨てて、ただ贅沢に時間を浪費することこそが、この旅で一番の正解だった気がする。
誰かが「お母さんに電話しなきゃ」と母親日の話題を出したとき、ふと訪れた静寂。その静けさは寂しさではなく、お腹いっぱいに地元の味を堪能し、心地よい疲れに身を任せた充足感に満ちていた。私たちは、お互いのダメなところを突き合わせ、それを「味」として楽しむ。そんな不器用な関係性が、このホテルの洗練されたモダンな空間の中で、なんだかとても人間らしく、愛おしく感じられた。インクが滲んで形が変わっても、それが新しい模様になるように。私たちの旅も、予定通りにいかなかったからこそ、忘れられない鮮やかな色に染まったのだと思う。あ、そういえば、インフィニティプールの縁で誰かが派手に滑ったとき、全員で同時に吹き出したけれど、あれはたぶん、この旅で一番純粋に心が繋がった瞬間だった。
夜のプールの水面に、板橋の街灯りが静かに溶け込んでいた。
- 32階のインフィニティプールで、夜景を背景にわざと不格好な写真を撮り合うこと
- 板橋駅からホテルまでの5分間、あえて雨の匂いを深く吸い込んで歩くこと