雨と光と家族の記憶、板橋凱撒大飯店で聴いた5つの音
窓を叩く、重い雨の音。8月の板橋凱撒大飯店は、外の湿り気を完全に遮断した、ひんやりとした冷気に包まれている。子供たちが窓に張り付いて「見て!雨の粒が競争してるよ!」とはしゃぐ高い声が、低く響く雨音に溶け込んでいた。外の世界が灰色に塗りつぶされていく中で、ここだけが絶対的な安全圏であるという感覚。あの静かな安心感は、きっと雨の日だけの特権なのだろう。
32階のインフィニティプールで、次男が上げた「わああ!」という歓声。肌を刺すような冷たい水しぶきが上がり、高い場所から見下ろす街の喧騒が、遠い記憶のようにかすかに混ざり合う。水面に映る雲がゆっくりと形を変え、まるで空を泳いでいるような錯覚に陥る。親としての責任感さえ忘れ、今はただこの水の冷たさと、子供の純粋な驚きを共有していたい。そんな、贅沢な空白の時間だった。
疲れ果てた夫が、広々としたファミリールームのベッドに深く体を沈めたときの「どさっ」という鈍い音。1日の戦いを終えた戦士のような、深い安堵が混ざった音だ。指先に触れるシーツのパリッとした清潔な質感と、心を落ち着かせる温かい間接照明。お互いに何も言わなくても、「今日もお疲れ様」という労いの気持ちがその音ひとつで伝わってくる。完璧なスケジュールなんて、最初から必要なかったのかもしれない。
朝食会場で、フォークが皿に当たる小さなカチャカチャという音。長女が慣れない手つきで色鮮やかな台湾フルーツを切り分けようとして、隣の子供に少し飛び散らせてしまった時の、気まずいけれど微笑ましい沈黙。その後、誰かがふふっと笑い出し、また賑やかな音が戻ってくる。金色のソフトシェルシュリンプの香ばしい香りが漂う中、予定通りにいかないことばかりの旅だけれど、その不器用なリズムこそが、私たちの正解なのだと感じた。
深夜3時、エアコンの低い唸り音と、子供たちの規則正しい寝息。さっきまであんなに騒がしかった部屋が、嘘のように静まり返っている。でも、その静寂の中には、家族が同じ空間で深く眠っているという確かな重みがある。雷が鳴る前の、あの張り詰めた静けさに似ている。けれど、ここにあるのは不安ではなく、すべてが満たされた後の、心地よい空白のような静寂だった。
濡れた足跡がふかふかのカーペットにゆっくりと消えていくのを、ただ眺めていた。
- 32階のプールで、あえて何もせずに空の色がゆっくりと夜に溶けていくのを待ってみてほしい。
- 朝食の賑やかさの中で、子供がふと見せた真剣な表情を、心のアルバムに保存しておくこと。