← 戻る ウエルネスの森那須

靴を脱いだ瞬間に、冬の匂いが消えた

11月の那須は、空気が結晶のようにピンと張り詰めている。呼吸をするたびに肺の奥が白く染まり、指先はかじかんで感覚を失いかけていた。そんな外界の厳しさを断ち切るように、ウェルネスの森那須の重厚な扉が閉まったとき、「カチッ」という乾いた音が響いた。その音は、日常という名の緊張感から私たちを解放し、温かな聖域へと誘う合図のように聞こえた。親として常に張り詰めていた肩の力が、ふっと抜けていくのがわかった。

家族での旅というものは、いつだって予定調和とは程遠い。誰かが靴下を片方脱ぎ捨て、誰かが道端の小さな虫を見つけて大騒ぎする。けれど、このホテルの高い天井とどこまでも続く長い廊下は、そんな混沌とした喧騒さえも優しく包み込み、心地よい残響へと変えてくれる。一人で静寂に浸る時間も贅沢だが、不揃いな足音が重なり合い、一つの賑やかな音楽になる感覚。それは、家族という不完全なパズルのピースが、この空間でぴったりと組み合わさった瞬間の幸福な周波数だったのかもしれない。

私たちが選んだのは、バリ島をイメージしたお部屋。那須の深い森の中に、突如として現れる南国のエッセンスに、子供たちは最初、「どうしてここがバリなの?」と不思議そうに首を傾げていた。けれど、すぐにその非日常的な空間に心を奪われていた。お揃いの浴衣を羽織った次男が、それをスーパーヒーローのマントに見立てて廊下を駆け回る。そのたびに、厚いカーペットが足音を柔らかく吸収し、弾けるような笑い声だけが空間に溶けていく。完璧な静寂よりも、こうした適度な賑わいがある場所こそが、私たち家族が一番自分たちらしくいられる場所なのだろう。

家族の記憶に刻まれた5つの断片

真鍮のドアノブの冷たさとクリック音:指先に伝わる金属の鋭い冷感と、世界が切り替わる瞬間の心地よい響き。一番上の子が真っ先に気づいて「ここ、お城みたいだね」と瞳を輝かせた。

バリ風客室に漂う異国の木の香り:那須の冬の澄んだ空気とは対照的な、湿度を含んだ甘く温かい芳香。床の質感に触れた次男が、「森の中の秘密基地を見つけた!」と歓声を上げた。

フレンチディナーの黄金色に輝くバターソース:皿の上でとろける濃厚なソースの光沢と、鼻腔をくすぐる芳醇な香り。スプーンですくい上げた重みに、父親が「これだけで白飯が食べられそうだ」と本音を漏らした。

露天風呂で肌を包み込む白い湯気:肌を刺す冷たい外気と、芯まで温める熱い湯の鮮やかなコントラスト。お湯に浸かった瞬間に全身の力が抜けていく快感を、母親が誰よりも深く味わっていた。

テラスに敷き詰められた黄金色の落ち葉:11月の柔らかな光を反射して、地面を埋め尽くす鮮やかな黄色。それを誰が一番たくさん集められるか、子供たちが競い合って笑い声を上げていた。

子供たちの濡れた髪から漂う石鹸の香りと、心地よい静寂に包まれて。

  • バリ風の客室と英国風の館内のギャップを「秘密の探検」として子供たちに提案するのがおすすめ。
  • 11月の那須は夜間に急激に冷え込むため、テラスで紅葉を楽しむ際は厚手の羽織ものを忘れずに。