真夜中の空腹と、誰が言い出したか分からない小さな賭け
頬を刺すような、鋭い冬の風が吹き荒れる二月の那須。空気はまるで結晶のように冷たく、呼吸をするたびに肺の奥がキリキリと痛む。梅まつりの会場で見た、淡いピンクの花びらが寒さに耐えて震えている様子に、私たちはどこか自分たちを重ねていた。けれど、それ以上に切実だったのは、胃袋が訴える猛烈な空腹感だ。ウェルネスの森那須に戻るまでの車中で、私たちはある「くだらない賭け」をすることにした。コンビニで一番見たことがない、あるいは正体不明なスナック菓子を見つけた者が勝ち、負けた者が明日の朝食のコーヒー代を出すというルールだ。結果として、カゴの中は得体の知れない色のチップスと、季節限定の濃厚すぎるチョコレートで埋め尽くされた。ホテルの重厚なドアを開けた瞬間、外の刺すような冷気が遮断され、代わりに温かな木の香りとベルベットのような静寂が私たちを包み込んだ。英国貴族の別荘をイメージしたというロビーの空間は、私たちの騒がしさを優しく飲み込んでくれる。チェックインを済ませ、部屋へと向かう廊下で、私たちはまだ勝ち負けについて言い争っていた。足元に広がる厚い絨毯が、私たちの足音を静かに消していく。その静けさが心地よくて、同時に、これから部屋で繰り広げられるであろう「混沌とした時間」への期待で、胸の奥が小さく振動し始めていた。
貴族の静寂を切り裂く、ポテトチップスの快音
「ちょっと待って、この部屋、豪華すぎない?私たちみたいな人間が、こんな場所でポテチを食べていいの?」
ベッドにダイブしながら、友人が大げさに嘆いた。私たちが泊まったのは、英国の伝統を感じさせるヨーロピアンルーム。重厚なマホガニーの家具と、計算された暖色の照明が、空間に気品ある陰影を落としている。四十三平方メートルという贅沢な空間は、私たちの笑い声が心地よく反響するのに十分な広さだった。けれど、私たちはその優雅な空気をあえて無視して、真っ白なリネンの上にコンビニ袋をぶちまけた。
「いいじゃん。むしろ、この格調高い部屋でジャンクフードを頬張るっていうギャップが最高でしょ」
「っていうか、さっきの本格フレンチディナー、本当に美味しかったけど、やっぱり最後の一口に『何か』が足りなかったんだよね」
「出た、美食家気取り。で、その『何か』がこの青い色のチップスってこと?」
「そう。この正体不明な塩気が、今の私には不可欠だったのよ」
私たちは、指先で溶けかかったチョコレートを掬いながら、とりとめもない話を続けた。誰が一番ひどい失敗をしたか、次にどこへ行きたいか、あるいは、今この瞬間に感じている、言葉にならない充足感について。もしかしたら、私たちはこの旅に「正解」なんて求めていなかったのかもしれない。ただ、冷たい外気と温かい部屋の温度差に身を任せて、お互いのくだらなさを確認し合いたかっただけ。高級なリネンに包まれながら、指先に付いた塩気を舐める。その不釣り合いな光景が、まるで禁じられた遊びに興じているようで、たまらなく自由で誇らしかった。私たちは互いに、相手の口元についたチョコを指差して笑い合い、結局誰がコーヒー代を払うのかという結論は出ないまま、夜が深まっていった。
満腹の果てに訪れる、心地よい空白
お菓子が尽き、袋がしぼんで、部屋に訪れたのは、密度のある静寂だった。エアコンの低い唸り音だけが、一定のリズムで空間を埋めている。さっきまでの騒がしさが嘘のように、私たちはそれぞれ別の方向を向いて、雲のようにふかふかのベッドに深く沈み込んでいた。窓の外では、那須連山の冷たい風がガラスを叩いているのかもしれないけれど、この部屋の中だけは、世界から切り離された小さなシェルターのようだった。もしかすると、孤独というのは消し去るべきものではなく、こうして誰かと一緒にいながら、一人でいられる時間を持つことで完成するものなのかもしれない。胸の奥にあった振動は、いつの間にか穏やかな温もりに変わり、心地よい重みとなって体に馴染んでいた。何も話さなくていい。ただ、同じ空間に、同じ温度の空気が流れている。その事実だけで十分だった。私たちは、意識が遠のく直前まで、天井の繊細な模様をぼんやりと眺めていた。明日になればまた、あの刺すような寒さの中へ飛び出していく。けれど、今の私たちは、ただこの柔らかい布団と、心地よい満腹感に身を委ねていればよかった。
窓の外では、冬の月が静かに、けれど確かに私たちを照らしていた。
- 那須のコンビニで出会える、地元産牛乳を贅沢に使った濃厚なソフトクリーム。
- 地域の特産品を凝縮した、少し塩気の強いナッツ。あえて温かいお茶と共に。