← 戻る ぬくもりに心なごむ湯宿 星のあかり

冷たい吐息と、硫黄の匂いが混ざる場所

凍てつくホームと、くだらない賭けの始まり

濡れたウールのコートが放つ、少し重たい湿った匂いが鼻をつく。JR登別駅のホームに降り立った瞬間、肺の奥まで凍りつくような鋭い冷気が突き刺さった。11月の北海道の空気は、まるで研ぎ澄まされた刃物のように、露出した肌を容赦なく切り裂いていく。私たちは、誰が一番先に「寒い」と口にするか、あるいは誰の耳が一番早く真っ赤に染まるかで、今夜の夕食の飲み物を誰が奢るかという、大人のすることとは思えないほどくだらない賭けをしていた。一人がスマートフォンの地図を必死に確認し、もう一人が凍りついた手すりに見惚れて遅れながら、私たちは互いの肩を寄せ合う。 「まだ余裕だ」と強がるあいつの鼻先が、降りてからわずか3分で林檎のように赤くなっている。その滑稽な様子を眺めながら、私たちは重い足取りでシャトルバスへと向かった。足元で鳴る乾いた靴音だけが、この静まり返った街の中で、私たちがまだ熱を持って生きていることを証明しているように感じられた。

結露の窓に描いた、名もなき街の地図

バスの窓ガラスは、車内の熱気と外気の激しい温度差で、あっという間に白い結露に覆われた。指先で適当に線を引くと、その隙間から外の景色がぼやけた水彩画のように現れる。白老町の風景は、派手さはないが、どこか誠実で静謐な色をしていた。深い赤に染まりきった紅葉が、冷たいアスファルトの上に点々と散らばり、冬へのカウントダウンを告げている。車内には古いシートのわずかな埃の匂いと、低く唸るエンジンの振動が心地よく響き、私たちを繭のように包み込んでいた。ふと、運転手が道を間違えたのか、バスが予定外の細い路地へと逸れた。そこには、色褪せた看板を掲げた小さな駄菓子屋があり、店先に佇む老人が、こちらを不思議そうに、けれど温かい眼差しで見つめていた。そんな旅の途中でしか出会えない些細な断片を拾い集めながら、私たちは車内で「結局、誰が負けたか」について激しく議論を戦わせていた。誰一人として正解を持っていない不毛な会話こそが、この旅の心地よいリズムとなり、私たちの心をゆっくりと緩めていった。

境界線が溶け出す、星のあかりの夜

ぬくもりに心なごむ湯宿 星のあかりに足を踏み入れた瞬間、張り詰めていた空気がふっと柔らかくなるのを感じた。外の冷気で強張っていた肩の力が、玄関の木の温もりに触れた途端に、じわりと解けていく。案内された部屋に入ると、琉球畳の独特な、少しだけざらついた質感が足の裏から心地よく伝わってきた。誰が一番いい場所に寝転がるかで、一瞬だけ静かな争奪戦が起きたが、結局はみんな、畳の柔らかな香りと静寂に負けて、そのまま深く沈み込んだ。部屋に備え付けられたリクライニングチェアに身を委ねると、重力から解放され、意識が心地よく遠のいていく。

一番の衝撃は、やはり源泉かけ流しの温泉だった。湯船に体を沈めた瞬間、皮膚と水の境界線が消え、心まで溶け出していく感覚がある。それまで私たちが無意識に維持していた「友人としての適度な距離感」や、「大人の格好付け」という目に見えない表面張力が、熱い湯にゆっくりと溶かされていく。もしかしたら、人間にとっての本当の親密さとは、こういう風に、お互いの境界線が曖昧になることなのかもしれない。湯気の中で誰かが「あー、最高」と小さく呟いた声が、水面に広がる波紋のように静かに響いた。

湯上がり、レストランで堪能した白老牛の味わいは格別だった。舌の上でゆっくりと溶けていく脂の甘みと、濃厚な風味が、冷え切っていた身体の芯まで満たしていく。あいつが、あまりの美味しさに言葉を失い、ただひたすら肉を頬張っていた。その拍子に口の端にタレがついていることに気づき、私たちは久しぶりに、子供のように心から笑い合った。深夜、部屋に戻って消灯した後の静寂の中、遠くで聞こえる風の音と、隣で聞こえる友人の規則正しい寝息。ロンドンの孤独な夜とは違う、誰かがそこにいるという絶対的な安心感が、布団の重みと一緒に私を包み込んでいた。私たちは何かを探しに来たのではなく、ただ、こうして一緒に「何もしない時間」を共有したかっただけなのだと、深く納得しながらゆっくりと目を閉じた。

窓の外で、冬の気配を孕んだ風が、静かに枝を揺らしている。

  • 白老牛の贅沢な味わいを、ぜひゆっくりと堪能してください。口の中で溶ける瞬間が、旅のハイライトになります。
  • 源泉かけ流しの湯に浸かりながら、あえて何も話さない時間を。静寂こそが、最高の贅沢だと気づくはずです。