五月の風に溶け込む、家族の記憶の音色
「プシュー」という、送迎バスのドアが閉まる乾いた音。隣では上の子が窓側の席を巡って下の子と小さな言い争いを始めていたが、その音を合図に、街の喧騒が遠い記憶へと押しやられていく。車窓を流れる白老の柔らかな緑と、かすかに漂う雨上がりの土の香りに、日常という名の硬い輪郭が少しずつ滲み始めていく心地よい予感に、ふっと肩の力が抜けた。
「パシャパシャ」と、源泉かけ流しの湯面を叩く不規則な音。下の子が「見て、僕、イルカになったよ!」と歓声を上げ、白い湯気の中に激しく水しぶきを舞わせている。温かいお湯が肌を包み込むたび、心に溜まった凝り固まった疲れが、白い紙に緑の絵具がゆっくりと溶け出すように、柔らかくほどけていくのがわかった。
「スリスリ」と、ぬくもりに心なごむ湯宿 星のあかりの客室にある琉球畳の上を、素足で歩く摩擦音。上の子が畳の編み目や障子の格子の感触を確かめながら、好奇心いっぱいに部屋を探索している。ひんやりとした空気の中で、足裏に伝わる畳の穏やかな温度と、浴衣のさらりとした感触が、ここが誰かに大切に整えられた場所であることを静かに教えてくれた。
「サワサワ」と、屋外に咲く藤の花が風に揺れる音。五月の白老町は空気が澄んでいて、肺の奥まで洗われるような清涼感がある。淡い紫色の花房が揺れるたび、新緑の香りが混ざった風が通り抜け、私たちはただ黙って、隣にいる人の体温を感じていた。「いい風だね」という小さな呟きが、深い安心感となって身体に染み込んでいく。
「カチカチ」と、夕食の時間に箸と器が触れ合う小さな音。地元の新鮮な海の幸の濃厚な旨味を頬張りながら、子供たちが心地よい疲れで眠りにつくのを待つ、贅沢な静寂の時間。大人の会話は少なくて、ただ満足げな溜息が漏れる。完璧なスケジュールなんてどうでもいい。予定外の出来事さえも、この旅の輪郭を心地よく彩るエッセンスに変わっていた。
薄暗い部屋の中で、子供の小さな手が、私の指をぎゅっと握りしめていた。
- 子供たちが浴衣で走り回っても安心なように、滑り止めのついた靴下を準備しておくのがおすすめです。
- 五月の藤の花が美しい時間帯に、あえて目的地を決めず、宿の周りをゆっくりと散歩してみてください。