← 戻る TIAD, Autograph Collection

肩に触れた光の温度が、ゆっくり変わっていった

シーツの冷たさが、指先に心地よくまとわりつく。午前六時の部屋は、深い瑠璃色に浸っていた。ユーフォリアデラックスの大きな窓から差し込む光は、まだ眠い眼蓋を優しく押し上げるような、淡い温度を持っている。朝の光が、部屋に配された観葉植物の葉脈を透かし、壁に柔らかな影を落としていた。ベッドから窓辺まで、ゆっくりと歩く。裸足で触れる床のひんやりとした質感が、心地よい緊張感を持って肌に伝わってくる。僕たちはまだ、お互いの正しい距離感を探している途中で、そういう不器用さが、今の僕たちにはちょうどいいのかもしれない。「まだ、眠い?」と小さく呟いた僕の声が、静まり返った空間に波紋のように広がった。それは、土の下で静かに、でも確実に硬い殻を押し広げようとする小さな生命のもがきに似ている。外の世界に飛び出す前の、暗くて、けれど安全な場所で、じっと自分の形を確認する時間。TIAD,オートグラフ コレクションの屋内インフィニティプールに身を委ねると、水の浮力が身体の輪郭を曖昧にしていく。塩素のわずかな香りと、肌を包み込むぬるま湯の温度が、意識を心地よく溶かしていく。水面から見上げる天井の開放感と、溶け合う水と空の境界線。自分がどこまでで、どこからが名古屋の街の景色なのか、分からなくなる瞬間がある。隣にいる君の呼吸が、水面に小さな波紋となって伝わってくる。言葉を交わさなくても、その振動だけで、今の君の心地よさが伝わってくるという気がする。ホテルの中に点在するバイオフィリックな緑が、呼吸するように光を浴びていた。湿り気を帯びた土の香りがかすかに漂い、都会の真ん中にいながら、深い森の奥に潜り込んだような錯覚に陥る。コンクリートの隙間から、しぶとく、けれど優しく顔を出す若葉のように、僕たちの関係も、時間をかけてゆっくりと根を張っていけばいい。久屋大通公園へ向かう道、九月の風が、少しだけ秋の匂いを運んできた。道端に揺れる銀色のすすきが、風に吹かれてさらさらと乾いた音を立てている。その音に耳を澄ませていると、世界がとても静かに感じられた。僕たちは、計画を立てるのが苦手だ。だから、ただ歩いて、偶然見つけた路地に入り、名前も知らない店で味噌カツを食べる。店内に立ち込める濃厚で甘いタレの香りが鼻をくすぐり、口いっぱいに広がる濃密な味わいと、揚げたての衣が弾ける音が、旅の空腹感を心地よく満たしていく。夜、メインバーの落ち着いた琥珀色の照明の下で、カクテルグラスの氷がカランと鳴る。大人の雰囲気に合わせて、少しだけ背伸びをして、洗練された振る舞いをしようとしたけれど、ナプキンの扱い方が分からず、指先で所在なげに弄んでしまった。君がそれに気づいて、小さく吹き出した。その笑い声が、心地よい周波数となって僕の胸に届く。「ふふっ、無理しなくていいよ」という君の囁きが、どんな贅沢な設備よりも僕を安心させた。完璧じゃないことが、こんなに心地よいものだなんて、知らなかった。部屋に戻り、再びあの深い青い光に包まれるとき、僕たちは、もう無理に言葉を探す必要はないと感じた。ただそこに在ること。互いの気配を感じながら、同じリズムで呼吸すること。それは、地下で静かに根を伸ばし、いつか光に向かって葉を広げる準備をしている時間のようなものだ。何かが正解である必要はない。ただ、この不確かな心地よさを、もう少しだけの間、抱きしめていたい。チェックアウトのとき、エレベーターの鏡に映った僕たちは、来たときよりも少しだけ、肩の力が抜けていた。それは、お互いの輪郭を認め合い、その隙間に心地よい静寂を置けるようになった証拠かもしれない。名古屋の街に溶け込んでいく僕たちの足取りは、どこか軽やかで、けれど確かな手応えがあった。

  • 久屋大通公園のすすきが最も美しく揺れる夕暮れ時に、あえて目的地を決めずに歩いてみる。
  • ホテルのインフィニティプールで、水面に溶け出す街の灯りを眺めながら、あえて何も話さない時間を共有する。