2月の名古屋。伏見駅から歩く道、指先が凍えて感覚がなくなっていた。誰が一番にホテルを見つけられるか賭けたけれど、結局三人で迷子になり、冷たい空気の中で誰かの鼻水が垂れた。情けないけれど、それが私たちの旅の合図だった。
朝7時のダイニング。焼きたてクロワッサンのサクッという軽快な音が、まだ眠い耳に心地よく響く。日替わりのオリジナルスープを一口啜れば、バターの香りと共にじんわりと熱が胃の底まで広がる。この温もりがあるから、外の乾燥した冬の空気に立ち向かえる気がした。
部屋に入り、真っ先にYouTube対応のテレビに食いついた。何を流すかで揉める喧騒の中、あいつが着替えたパジャマがあまりに派手で、スタンダードシングルの白い壁に強烈に映えていた。「正気かよ」と突っ込むのが私たちの儀式。20.52平米の空間に、くだらない笑い声がぎゅっと凝縮されていた。
「らくだの湯」での静かなる戦い。サウナの熱気に肺まで焼かれそうになり、誰が先に脱出するかを競い合った。ジャグジーの泡がパチパチと弾ける音を聞きながら、私たちは溶け出した塩のように、ただぼーっとお互いの濡れた顔を見つめていた。その情けなさが、なんだか心地よかった。
夜、中区の街灯が窓の外で琥珀色にぼんやりと光っている。賑やかな錦の街の喧騒が遠のき、部屋に心地よい静寂が降りてくる。誰一人喋らなくなった数分間。無理に言葉を紡がなくていい時間は、どんな贅沢な会話よりも心を深く満たしてくれた。
裸足で踏みしめたタイルの、ひんやりとした鋭い温度。ベッドに倒れ込んだ瞬間の、シーツのパリッとした清潔な感触。ここからバスルームまで何歩あるか数えるという、至極無意味な時間。けれど、その空白こそが旅の醍醐味なのだと気づかされる。
梅まつりの帰り道。冷たい風に吹かれながら、ふわりと甘い花の香りが鼻腔をくすぐった。冬の終わりと春の始まりが混ざり合う、曖昧な季節の境界線。コンビニの温かい飲み物を分け合いながら、行き先を決めない計画を立てる。迷っている時間こそが、一番贅沢だった。
旅の記憶は、濡れた紙に落とした墨のように、ゆっくりと滲んでいく。一つ一つの出来事は境界線を失い、心地よい一つの色に溶け合う。名古屋ビーズホテルでの時間は、そんな風に私たちを馴染ませてくれた。完璧ではないけれど、ちょうどいい距離感の私たちに戻れた気がする。
チェックアウトの際、誰かが忘れ物をしたことに気づいて、また三人で笑い合った。
- 「らくだの湯」の後は、マッサージチェアで心ゆくまでぼーっとしてみて。
- 朝食のオリジナルスープは、2杯目の方がコクが深まっておすすめだよ。