← 戻る 名古屋ビーズホテル

焼きたてのパンと、少しだけずれた歩幅

焼きたてのパンと、少しだけずれた歩幅

指先に触れた伏見駅の改札口が、春の早朝特有の鋭い冷たさを帯びていた。誰が一番にホテルに辿り着くかという、くだらない賭け。地図を完璧に使いこなせると豪語していたあいつが、一番派手に方向を間違えた時の絶望的な顔が忘れられない。4月の風がまだ冬の名残を孕んでいて、笑いながら追いかけるたびに、視界が桜の花びらで白く塗りつぶされていく。名古屋ビーズホテルに辿り着いたとき、僕たちは心地よい疲労感に包まれ、ただお互いの顔を見て、言葉もなく笑っていた。



翌朝、鼻腔をくすぐったのは、焦がしバターの香ばしく濃厚な匂いだった。B's Diningの白い空間に差し込む光は、まるでプリズムを通したように柔らかく、テーブルの上に淡い虹を落としている。サクッとしたクロワッサンの表面が指先に触れ、日替わりスープの熱い液体が喉を通るたびに、内側からじんわりと体温が上がっていく。胃袋がゆっくりと目覚めていく感覚。昨夜の些細な言い争いなんて、この温もりの前では、春の霧のように消えていく。


「ここを右に曲がれば、もう目の前が名古屋城だ」という、根拠のない自信に満ちた声。でも、実際に向かった先は、しんと静まり返った路地裏だった。「おい、城はどこだ?」という僕の問いに、あいつは気まずそうに視線を泳がせている。僕たちは立ち止まって、誰が責任を取るかを決めずに、ただそこに咲いていた名もなき小さな花を眺めていた。効率的に観光地を回るなんて、僕たちの不器用なリズムには合わない。迷い込んだ道で偶然見つけた看板の、妙に凝ったレトロなフォント。それだけで、十分すぎる収穫だった。


部屋に戻れば、そこはもう戦場だった。スタンダードシングルという機能的な空間を最大限に使い切り、YouTube対応の大型TVを囲んで、誰が一番くだらない動画を見つけられるかという、大人の余裕を完全に捨てた競争が始まる。ダブルベッドの上に散らばったお菓子の袋のガサガサいう音と、誰のものか分からない靴下が転がっている光景。ビジネスホテルという整然とした空間が、僕たちの混沌とした笑い声で塗りつぶされていく。この狭い箱の中で、僕たちは誰よりも自由だった。


「らくだの湯」に身を沈めたとき、世界からすべての雑音が消えた気がした。立ち上る白い蒸気が視界を優しく遮り、お湯の温度がちょうどよく、凝り固まった肩の力がふっと抜けていく。ジャグジーの激しい泡が肌を叩く心地よい刺激だけが、自分が今ここに存在していることを教えてくれる。重力が少しだけ軽くなって、思考が温かい水に溶けていく感覚。隣で同じようにぼーっとしている友人の、緩んだ横顔を見て、今は言葉なんて必要ないなと感じた。


深夜3時、ふと目が覚めて裸足で床を踏んだ。タイルのひんやりとした温度が、眠っていた意識を鮮明に呼び覚ます。ベッドからドアまで、何歩で辿り着けるか、暗闇の中で静かに数えてみた。機能的に設計された空間だからこそ、その簡潔さが、かえって心を落ち着かせてくれる。窓の外に見える名古屋の夜景は、遠くで誰かが灯した光の粒の集まりで、それを眺めていると、自分の孤独が心地よい形をしていることに気づかされる。


錦の街をあてもなく歩いた夜。自販機の青白い光が、雨上がりの濡れた路面に反射して、まるで深い海の底を歩いているみたいな錯覚に陥った。ふと立ち寄った店で食べた地元の味が、予想外に懐かしく、僕たちはまたくだらないことで言い合いを始めた。「お前、さっきの道でも間違えただろ」という軽口。予定調和な旅よりも、こういう「計算違い」の連続こそが、旅の正体なのだろう。


旅の終わりに目を閉じると、瞼の裏に桜色の残像がゆらゆらと揺れていた。完璧なスケジュールはあっけなく崩れ、目的地に辿り着く時間は大幅に遅れたけれど、その分だけ、僕たちの間には心地よい空白が生まれた。誰かが誰かに合わせるのではなく、バラバラなままで一緒にいることの心地よさ。それは、光が屈折して虹を作るように、不完全だからこそ、誰にも真似できない美しい色をしていた。

桜の花びらが、静かにアスファルトに溶けていた。

  • 朝食のオリジナルスープは、心まで温まるから絶対飲んでみて。
  • 「らくだの湯」で、何も考えずにぼーっとする時間を贅沢に使い切って。