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朝7時のスープが、ちょうどいい温度だった

朝7時のスープが、ちょうどいい温度だった

「あと五分だけ、このままでいい?」

「あと五分だけ、このままでいい?」
君が布団の端をぎゅっと掴んで、眠たげな声で呟いた。四月の柔らかな朝陽が、カーテンの隙間から白い線となって、静まり返った部屋に差し込んでいる。
「パン、もう焼けてる頃じゃないかな」
私はそう答えたけれど、心の中では君の体温に深く沈み込んでいた。名古屋ビーズホテルの清潔なリネンに包まれ、お互いの境界線が溶けていくような、曖昧で心地よい静寂。私たちはただ、ゆっくりと流れる時間を指先で数えていた。

呼吸が重なる、静かな温度

裸足で踏み出したフローリングのひんやりとした感触が、心地よい眠気をゆっくりと剥ぎ取っていく。私たちはそのまま、館内の大浴場へと向かった。重い扉を開けた瞬間、濃密な白い湯気が視界を塗りつぶし、しっとりと肌にまとわりつく。ジャグジーの規則的な振動が、旅の疲れで強張っていた肩の筋肉を優しくほどいていく。ふと隣にいる君の呼吸が、自分のリズムと静かに重なったとき、言葉以上の理解がそこにあった。同じ温度の湯に浸かり、肌をなでる湿った空気と、かすかな石鹸の香りを共有する。ただそれだけのことが、今の私たちにとって何よりの肯定だった。

朝食会場のB's Diningに足を踏み入れると、香ばしく焼き上がった小麦の匂いが鼻腔をくすぐり、胃のあたりが小さく疼いた。白いテーブルに並ぶ、黄金色に輝くサクッとしたクロワッサン。君が最後の一つに手を伸ばしたとき、私の指先が偶然そこに触れた。お互いにまだ半分夢の中にいるような顔をして、どちらが先に譲るかも決められないまま、ふふっと小さく笑い合う。そんな、不器用でかっこ悪いけれど愛おしい瞬間こそが、この旅の本当の目的だったのかもしれない。

日替わりのオリジナルスープを一口啜る。温かい液体が喉を通り、芯まで冷えていた身体にじんわりと光が満ちていくような、穏やかな充足感。手作りヨーグルトの爽やかな酸味が、意識をさらに鮮明に研ぎ澄ませていく。

ホテルを出て、名古屋城へと歩き出す。伏見駅から続く街並みには、春の気配を孕んだ風が通り抜けていた。十五分ほどの道のり、道端に舞う桜の花びらが、君の肩にひらりと舞い降りた。それをそっと取り除くために距離が縮まったとき、指先に心地よい緊張感が走る。私たちはまだ、お互いのすべてを理解し合えたわけではない。これから先、不協和音のようなリズムが訪れる日もあるだろう。けれど、名古屋ビーズホテルの温もりに包まれていたこの時間だけは、決して嘘にならない。欠けている部分があるからこそ、そこに誰かが入り込む余白が生まれる。私たちはその空白を、ゆっくりと、丁寧に共有していたのだ。

繋いだ手のひらから、ゆっくりと春の鼓動が伝わってくる気がした。

  • 明日の朝は、あの日と同じスープをもう一杯だけ、一緒に飲もうか。
  • 桜が散りきる前に、あえて地図を持たずに、この街の迷路を歩いてみない?