← 戻る Oakwood Hotel Kyoto Oike

カーテンの隙間から、光がゆっくりと畳んでいた

「迷ったら、適当に曲がってみようよ」

「ねえ、本当にあそこまで歩く?」
君がマフラーに顔を深く埋めながら、少しだけ不安そうに尋ねた。
「さあ。でも、外の空気が冷たいから、ちょうどいい気がする」
僕が答えると、君はふっと小さく笑った。
「もし迷ったらどうするの」
「その時は、適当に曲がってみようよ」
計画なんて最初からなかった。ただ、この街の静かな隙間に身を置きたかっただけ。そんな不確かな心地よさを抱えたまま、僕たちはオークウッドホテル京都大井 / Oakwood Hotel Kyoto Oikeの部屋へと戻っていった。

プリズムが描き出す、不完全な距離感

指先で触れた窓ガラスが、ひんやりと冷たい。外は二月の東京。乾燥した冬の風が、丸の内のビル群の間を鋭く通り抜けていくのが見える。けれど、スタジオスーペリアキングの部屋の中は、凪のように静かだった。ホテルというよりは、誰かが丁寧に整えた「生活」の断片に似ている。足の裏に触れるフローリングの温度が、ゆっくりと体温に馴染んでいく感覚。どこか遠くで、洗濯乾燥機が低く、規則的に唸っていた。その日常的な音が、かえって今の私たちの心地よさを際立たせている。

テーブルの上のグラスに、午後の光が差し込んだ。水が光を屈折させ、白い壁に鮮やかな虹色の破片を投げかけている。プリズム。私たちの関係も、きっとそんな風に、見る角度によって違う色に見えるのかもしれない。真っ直ぐな線ではなく、少しだけ屈折しているからこそ、今のこの距離感がちょうどいい。そんなことを考えながら、私たちはキッチンに立った。

不意に、小さな笑いが起きた。二人で朝食のトーストを焼いていたとき、君が塗ろうとしたバターが、滑り落ちて床にぽつんと転がったのだ。私たちは三秒ほど、その黄色い塊をじっと見つめ合い、それから同時に吹き出した。完璧な旅なんて必要ない。むしろ、こういう小さな失敗がある方が、記憶の輪郭がはっきりする。パンの焼ける香ばしい匂いが、冷えた部屋の空気をゆっくりと塗り替えていく。それは、誰にも邪魔されない、私たちだけの親密な周波数だった。

厚手のセーターに身を包んで皇居外苑まで歩いた十分の道のり。頬を打つ風は冷たいけれど、隣を歩く君の肩の温もりが伝わってくる。道端に、早春の梅が静かに咲いていた。淡いピンク色の花びらが、冬の灰色い景色の中で、小さな光のように点在している。沈黙が心地いいというのは、相手の呼吸の速さが自分と同期しているということなのだろう。正解を探すのではなく、ただそこに在ること。そういう時間が、今の私たちには必要だった。

オークウッドホテル京都大井 / Oakwood Hotel Kyoto Oikeのベッドに潜り込むと、リネンのパリッとした冷たさが、次第に体温で温まっていく。天井を眺めながら、私たちは明日、どこへ行くか決めないことにした。ただ、この静寂の中に、もうしばらく浸っていたいと感じた。

窓の外で、丸の内の夜景が静かにまたたき始めていた。

  • 寒い朝、あえて計画を立てずに皇居外苑までゆっくり散歩して、梅の香りを探してみようか。
  • キッチンで、二人で不格好な朝ごはんを作って、バターを床に落として笑い合いたいね。