4月の定山渓。頬を叩く風はまだ鋭く、肺の奥まで冷たい空気が入り込む。誰が一番先に「寒い」と口にするか密かに賭けていたけれど、結局は全員同時に肩をすくめて震えていた。鼻先が赤くなった互いの顔を見て、私たちは完璧にシンクロした快感に浸っていた。
夕食の湯気が眼鏡を真っ白に曇らせる。北海道の滋味深い出汁の香りが、空腹の鼻腔を心地よくくすぐった。熱々の料理を前にして、箸を動かす速度が加速し、誰かが「落ち着けよ」と笑った。その笑い声が、白い湯気に溶けて消えていくのが見えた気がした。
「お風呂、誰から入る?」という、どうでもいいけれど譲れない不毛な議論。貸切風呂の順番を巡って、まるで国家予算を決定するかのような真剣な面持ちで話し合う。ぶっちゃけ、誰が最初に入っても極楽なのは同じなのに、その無意味な執着が心地よかった。
鹿の湯の昭和レトロな廊下。浴衣の裾が足首に触れる感触と、木造建築特有の乾いた足音が心地よく響く。最新のスマートフォンを握りしめながら、時代を遡ったような空間を歩く奇妙な違和感。けれどそのズレこそが、この旅に心地よいリズムを与えてくれていた。
渓流のせせらぎが、耳の奥に静かに溜まっていく。会話が途切れた瞬間に、水の冷たそうな音が鮮明に聞こえてきた。沈黙は気まずいものではなく、心地よい周波数のように私たちを包み込む。ただそこに身を置くだけで、心の中の澱が洗い流されていく気がした。
2024年3月にリニューアルしたばかりの床の感触。裸足で踏むと、ひんやりとしていながらも、どこか懐かしい温かみが宿っている。深夜3時、トイレまで歩く距離を誰が一番正確に歩数で当てられるか競い合った。結果は全員大外れ。暗がりの廊下で、くだらない笑い声が小さく弾けた。
窓の外で舞う、淡い桜の花びら。ふと風がいたずらに吹き込み、部屋の中に一枚だけ迷い込んできた。それを誰が一番にキャッチできるか、全力で手を伸ばしたけれど、結局誰一人掴めなかった。その滑稽なまでの必死さに、またみんなで声を上げて笑った。
チェックアウトの時、誰かが「もう一回来たいな」と小さく呟いた。普段なら照れくさくて飲み込んでしまう言葉も、この場所の穏やかな空気感に触れていると、自然に口からこぼれ落ちる。私たちはまた、不器用で贅沢な旅を計画するのだろう。
濡れた髪から滴る水滴が、絨毯に小さな点を作る。
- 早起きして、凛とした朝の空気の中で渓流の音に耳を澄ませてみて。
- 浴衣に着替えて、あえて目的もなくレトロな廊下を歩き回るのが正解。