深夜二時、空腹という名の白旗を上げる
十月の花蓮を吹き抜ける夜風は、肌に触れると少しだけ鋭い。湿り気を帯びた冷たい空気が、薄手のカーディガンを容易に突き抜けてくる。私たちは、誰が一番先に「お腹が空いた」と白旗を上げるかという、旅先ならではのくだらない賭けに興じていた。結果、負けたのは、出発前に一番強気に「今回はダイエット中だから」と豪語していたあいつだった。結局、私たちは深夜二時に、街のコンビニへと繰り出した。足元でカサカサと鳴るビニール袋の乾いた音が、静まり返った通りに妙に大きく響き渡る。街灯のオレンジ色が、雨上がりの濡れたアスファルトにぼんやりと溶け出し、その光の粒を追いかけるようにして、私たちは 悅樂旅店‧花蓮中福 へと戻った。袋の中には、地元のコンビニでしか売っていない奇妙な味のスナックと、電子レンジで温め直したお弁当、そして誰の口に合うか分からない地元の飲み物が詰め込まれていた。指先に伝わるプラスチック容器のじんわりとした熱が心地よくて、なんだかこの不計画な時間こそが、旅の正解な気がしてならなかった。
湯気と笑い声、不格好な宴の心地よさ
「ねえ、マジで誰がこのルートを提案したの? 一日で二万歩って正気?」
ベッドに腰掛けたあいつが、口いっぱいにコンビニのホットスナックを詰め込みながら、ぼそぼそと不満を呟く。私たちは笑いながら、持ってきた地元のワンタンのスープを小さな器に分けた。立ち上る白い湯気と一緒に、食欲をそそるニンニクとごま油の香りが、簡素で清潔な部屋いっぱいに広がる。その匂いは、昼間に見た壮大な峡谷の絶景よりも、ずっと鮮明に記憶に刻まれる感覚があった。
「いいじゃん。あの絶景を見た後に、このジャンクな味を堪能するっていう最高のコンボでしょ」
「コンボっていうか、ただの暴飲暴食。っていうか、見てよこの量。誰が全部食べるつもりだったわけ?」
「まあ、なんとかなるでしょ。というか、そもそも日没に間に合わなかった時点で、今日のプランは完全に崩壊してたし」
私たちは互いの不手際を笑い合い、誰が一番ひどいミスをしたかを競い合う。そんな会話の合間に、箸が器に当たるカチカチという乾いた音がリズムのように混ざる。完璧なスケジュールをこなすことよりも、こうして深夜に、狭い部屋で、不格好な食事を囲んでくだらないことで盛り上がる。そういう時間のほうが、ずっと「私たちらしい」心地よい温度感がある。誰一人として正解を持っていないけれど、この瞬間だけは、間違いなく正しい場所にいるという確信があった。
満たされた胃袋と、静寂という名の贅沢
食事が終わり、空になった容器がテーブルに積み重なる。賑やかだった会話がふっと途切れ、部屋にはエアコンの低い唸りと、遠くで鳴る車の走行音だけが残った。十月の夜は、静寂に厚みがある。私たちはそれぞれ、 悅樂旅店‧花蓮中福 の柔らかいマットレスに深く体を沈めた。洗い立てのシーツの冷たさが、食事で火照った肌に心地よく馴染んでいく。天井を見上げながら、今日一日の出来事を、音の断片のように思い出す。風に揺れるすすきのざわめき、道を歩く人々の話し声、そして、今ここにある静かな呼吸。孤独は、消し去るべきものではなく、もともと人間が持っている感覚なのだろう。でも、隣に誰かがいて、同じ静寂を共有しているとき、その空白は心地よい重みを持つ。何かを埋める必要なんてない。ただ、このまま時間がゆっくりと溶けていけばいい。明日になればまた、誰かが遅刻して、誰かが道に迷い、私たちはまたくだらないことで言い争うのだろう。けれど、その不完全さこそが、この旅を鮮やかに彩ってくれるのだと思う。
窓の外では、十月の月が静かに、けれど確かに夜を照らしていた。
- 地元の夜市で買った、少し甘めの紅油抄手。深夜の部屋で啜ると格別の味がする。
- 悅樂旅店‧花蓮中福 の屋上テラスで、冷たい夜風に吹かれながら、あえて何も話さずに夜景を眺める時間。