もし、今も予約画面を開いたまま、指を止めているのなら。あるいは、誰かと一緒にどこかへ行きたいけれど、具体的にどこへ行けばいいのか分からないままでいるのなら。この手紙を読んでほしい。答えを出す必要はないけれど、ただ、十月の風の温度だけを想像してみてほしい。
太平洋の色が、ふたりの輪郭をぼかしていく場所
屋上へ続く階段を登るたび、空気が少しずつ薄くなって、代わりに潮の香りが濃くなるのが分かった。コンクリートの床は、十月の陽光を吸い込んでいて、裸足で踏むとほんのりと温かい。そこから見下ろす太平洋は、ただ「青い」のではなく、深い藍色と、白く砕ける波の飛沫が混ざり合った、重みのある色をしていた。隣に立つ君の肩が、時折、私の肩に触れる。そのわずかな接触が、心地よくもあり、少しだけ緊張させる。私たちは、あえて多くを語らなかった。ただ、遠くで鳴っている波の音と、時折通り過ぎる風が髪を揺らす感覚に身を任せていた。ここにあるのは、誰に気兼ねすることもない、贅沢な空白だ。周りには他の旅人たちの笑い声が断片的に聞こえてくるけれど、それがかえって、私たちを包む静寂を際立たせている気がする。まるで、賑やかな街の真ん中に、ふたりだけの小さな透明なカプセルがあるみたいに。視界の端で、雲がゆっくりと形を変えていく。その速度に合わせるように、私たちの呼吸も次第に深く、ゆっくりになっていった。もしかすると、旅に求めるのは「特別な何か」ではなく、こういう、ただ一緒に呼吸しているという確信だけなのかもしれない。
共有キッチンに漂う、名前のない親密さ
一階の共用スペースに降りると、そこはまた違うリズムが流れていた。誰かが淹れたコーヒーの香りと、どこからか漂ってくる地元の紅油抄手の、あのピリッとした刺激的な匂い。私たちは、あえて豪華なレストランではなく、地元の店で買った温かい点心を共有キッチンで広げた。プラスチックのプレートに盛られた抄手の、つやつやとした赤い油が照明に反射して、なんだか可笑しかった。箸を動かすたびに、小さな音が静かに響く。ふと、ゲームルームから誰かが大笑いする声が聞こえてきて、私たちは顔を見合わせて、小さく笑った。実は、私もボードゲームに挑戦してみたけれど、ルールを全然理解できなくて、駒をどこに置けばいいのか分からず、結局適当に置いてしまった。そんな、どうでもいい失敗さえも、この場所では心地よいノイズになる。部屋に戻り、シーツの張り詰めた冷たさに体を滑り込ませたとき、ようやく一日が終わったことを実感した。窓の外では、夜の花蓮が静かに呼吸している。隣で眠る君の規則正しい鼓動が、心地よいリズムとなって、私の意識をゆっくりと深い場所へ連れていく。この場所は、完璧に整えられたホテルではないけれど、だからこそ、私たちの不完全ささえも受け入れてくれる、大きなリビングルームのような場所だったのかもしれない。
冷たい水に指先を浸したとき、ようやく自分たちがここにいることを知った。
- 夜市まで歩く15分間、あえて地図を見ずに迷い込んでみる
- 屋上のベンチで、何も話さずに太平洋の地平線だけを眺める