記憶の波間に響く、五つの音色
ガラスの引き戸が、乾いた音を立てて滑った。11月の鋭い冷気が、部屋のぬくもりを追い越して足元にまとわりつく。上の子が「海が白い!」と歓声を上げたとき、私の肌にはまだ、数秒前の暖かい空気の記憶が残っていた。潮の香りが混じったこの温度のラグこそが、日常を脱ぎ捨て、旅が始まった合図だったのかもしれない。
地元の石と原木で作られた廊下に響く、裸足のパタパタという軽快な音。次男が白いバスローブをマントのように羽織り、全力で駆け抜けていく。本来は優雅な家族旅行になるはずだったけれど、床を叩く不規則な振動が心地よく、今の私たちにはこのリズムこそが正解なのだと感じた。静寂よりも、この賑やかな騒がしさの方が、ずっと深い安心感を与えてくれる。
市街地で出会った「花蓮香扁食」を、家族で啜る音。立ち上る湯気の向こうで、夫が「熱いな」と小さく笑い、私の肩を軽く叩いた。滑らかな皮の食感と、喉を通るスープのじんわりとした温かさ。計画通りにいかない旅への小さな苛立ちが、その温もりに溶けて消えていく。完璧な行程表よりも、この一杯のスープがもたらす充足感の方が、ずっと重みがあった。
花蓮海悅酒店のルーフトップバーで聴いた、遠い波の音と風の唸り。子供たちがようやく深い眠りに落ちた後の、贅沢な空白の時間。夜空に散らばる星々と、眼下に広がる花蓮港の静かな灯り。大人の会話は少なくていい。ただ、隣に誰かがいるという体温だけを感じていたい。風が頬を撫でてから、心地よい静寂が心に届くまでのわずかな遅延。その隙間に、深い安らぎが潜んでいた。
深夜3時、部屋の壁を透過して聞こえてくる太平洋の深い呼吸。ふと目が覚めたとき、隣で丸まって寝ている小さな背中を見た。規則正しい寝息と、絶え間なく繰り返される波の低音。私たちは、この不完全なままでここにいていいのだと、不意に気づかされた。欠けている部分があるからこそ、隣にいる誰かの温もりが、より鮮明に、より愛おしく感じられる。
窓の外で、夜明け前の海が静かに、けれど確実に色を変えていく。
- 11月の花蓮は風が冷たいため、お子様用の厚手のカーディガンを一枚多めに持参することをおすすめします。
- 花蓮海悅酒店のバルコニーから、早朝の太平洋に昇る太陽を眺めてみてください。言葉にならない静寂が心を洗ってくれます。