なぜ、この青い静寂に家族を連れてきたいと思ったのか。
頬を刺すような二月の鋭い風。宜蘭の海沿いは空気がひんやりとしていて、呼吸をするたびに肺の奥まで冷えていく感覚がある。車を降りた瞬間、下の子が「海が怒ってる!」と叫んだ。白波が激しく打ち寄せ、砕ける音が耳を打つ。そんな冬の喧騒を連れて、烏石港 OA HOTELのロビーに足を踏み入れると、外の冷気とは対照的な、密やかな温もりが肌を包み込み、かすかに潮の香りと清潔なリネンの匂いが混じり合って漂っていた。
案内された部屋は、深い青に浸されていた。壁の色、カーテンの重厚な質感、そして窓の外に果てしなく広がる水平線。すべてが同じ色のグラデーションで繋がっている。まるで、部屋ごと深い海の中へとゆっくり沈み込んだような、心地よい錯覚に陥る。子供たちはその開放感に誘われ、入室してすぐにベッドへとダイブした。バサリという大きな音、跳ねる体、そしてシーツに刻まれる不規則な皺。
私はただ、その光景を眺めていた。完璧なスケジュールを組んできたけれど、ここに来た瞬間、そんなものは意味をなさなくなった気がする。家族というものは、予定通りに動かない。その「ズレ」こそが、旅の正体なのだろう。青い部屋の中で、私たちはただ、お互いの体温を確認し合うように、ゆっくりと時間を過ごした。そこには静寂があったが、それは孤独なものではなく、誰かがそばにいるという安心感に満ちた、厚みのある静寂だった。
子供たちの瞳が、一番に捉えた景色は何だったか。
屋上へ上がると、そこには温度の境界線があった。冷たい冬の空気と、海景風呂から立ち上る白い湯気。そのコントラストが視界をぼんやりと霞ませる。下の子は、お湯に浸かった瞬間、「あったかい!」と声を上げ、水面を激しく叩いた。飛び散る雫が冷たい風に当たって小さな粒になり、光を反射してキラキラと舞う。一方、上の子は地下一階のゲームエリアで夢中になって遊んでいた時間の興奮が冷めない様子で、屋上から見える景色をじっと見つめていた。B1の賑やかな笑い声とゲーム機の電子音がまだ耳に残っているのだろう。
ふと視線をずらすと、眼下には烏石港に停泊する白いヨットたちが、規則正しく並んでいた。青い海に浮かぶ白い点。子供たちが指差したのは、そのヨットではなく、遠くにうっすらと見える亀山島だった。「あそこにお魚さんが住んでるのかな」という、根拠のない、けれど純粋な疑問。大人は答えを知っている。けれど、ここではあえて「かもしれないね」と答える。正解を教えることよりも、一緒に想像することの方が、ずっと価値がある気がしたから。
お腹が空いた頃に頼んだOA Pizzaが運ばれてきた瞬間、香ばしい小麦の香りと、とろけるチーズの濃厚な匂いが鼻をくすぐる。熱々のピザを頬張る子供たちの口の周りが、オレンジ色に染まっている。指先に付いたチーズをぺろりと舐める仕草。その何気ない動作に、ふと胸が締め付けられるような、名前のない感情が込み上げた。贅沢な食事というよりは、ただ「一緒に食べている」という事実。それが、この旅で一番のご馳走だったのかもしれない。
旅の終わり、心に深く刻まれているのはどんな記憶か。
チェックアウトの朝。部屋の中は、嵐が過ぎ去った後のように散らかっていた。床には脱ぎ捨てられた靴下。洗面台に飛び散った水滴。そして、廊下の端まで点々と続いていた、濡れた足跡。昨日、海から戻ってきた時の名残だろう。普通なら、溜息が出る光景だ。けれど、その乱雑さが、なんだか愛おしく感じられた。
パッキングをしながら、子供たちが喧嘩を始めた。おもちゃの取り合い。くだらない理由。けれど、その騒がしさが、この部屋に「家族がいた」という確かな証拠になる。私たちは、何か特別な体験を求めて烏石港 OA HOTELに来たのかもしれない。けれど、実際に心に残ったのは、そんな日常の延長線上にある、ちっぽけな断片だった。冷たい風に吹かれながら、温かいお湯に浸かったこと。青い部屋で、ただぼーっと海を眺めたこと。ピザの端っこを分け合ったこと。
私たちは、来た時よりも少しだけ、お互いの輪郭がはっきり見えた気がする。足りないものがあるからこそ、誰かを必要とする。その不完全さが、家族というチームを繋ぎ止めている。荷物を車に積み込み、再び冷たい風に晒された時、下の子が私の手をぎゅっと握った。その手の小ささと温もりだけが、今の私にとっての、唯一の正解だった。
水平線の青が、まぶたの裏にいつまでも鮮やかに残っていた。
- 早朝の屋上風呂で、海から昇る太陽を家族で静かに眺める時間を。
- 地下一階のゲームエリアで子供たちと一緒に童心に帰り、全力で遊ぶ体験を。