真夜中の空腹に、誰が最初に屈するか
頬を打つ風が、じっとりと湿っていた。二月の宜蘭は空気が水分をたっぷりと含み、肺の奥まで冷たい鉱物の匂いが入り込んでくる。雀客童媽吉親子旅館のロビーを出た瞬間、私たちは同時に肩をすくめた。誰が一番先に「寒い」と口にするか、あるいは誰が一番先に震え出すか。そんな、大人がやるにはあまりに幼稚な賭けをしながら、私たちは羅東夜市へと歩き出した。濡れた路面に反射するネオンの光が、ぼんやりと足元を照らしている。夜市の入り口に近づくにつれ、冷たい空気の中に、じゅわっとした油の香ばしい匂いと、焦がし砂糖の甘い香りが混ざり始めた。その濃厚な香りが、凍えそうだった私たちの感覚をゆっくりと呼び覚ましていく。結局、誰が負けたかは曖昧なままだが、私たちはいくつものプラスチック袋に、夜市の喧騒と温かい食べ物を詰め込んで、逃げるようにホテルへと戻った。
揚げたての熱気と、秘密基地の囁き
「ねえ、改めて思うけど、私たちなんでわざわざ『親子旅館』に泊まったんだっけ」
部屋に入った瞬間、誰かがふふっと笑いながら呟いた。私たちが選んだのは「童夢樹屋」。文字通りツリーハウスのような設計で、天井が不規則に斜めに切り取られている。大人が入ると、どこかサイズ感が合っていないような、奇妙で心地よい密閉感がある空間だ。私たちは床に直接座り込み、夜市で買った大ぶりのフライドチキンと、地元のお菓子を広げた。
「いいじゃん。このカラフルな感じ、逆に新鮮だし」
「新鮮っていうか、ただの幼児退行でしょ。見てよ、この壁の色。完全に五歳児の部屋だよ」
「それがいいんだよ。外では『しっかりした大人』を演じてるんだから、ここくらい、適当に子供っぽくてもいいじゃない」
誰かがチキンの皮を破ると、熱い湯気が上がり、部屋いっぱいに香ばしい匂いが広がった。カリッとした皮の食感と、溢れ出す肉汁の熱さが、冷え切った身体に染み渡る。私たちは、普段なら意識しすぎるであろう「体型」や「明日からの仕事」の話を、あえて避けていた。その代わりに、昔のくだらない失敗談や、誰にも言えなかった小さな不満を、ポテトを頬張りながら口にした。子供のための空間に身を置いているせいか、言葉の角が取れて、不思議と素直に話せた。誰かが笑い転げてベッドに倒れ込むと、バネが心地よく跳ね、その振動が床を通じて伝わってくる。誇張して言うなら、私たちはこの夜、人生で一番贅沢な「ごっこ遊び」をしていたのかもしれない。
「というか、この部屋の天井、ずっと見てると落ち着くね」
「だよね。なんか、大人の目から隠れた秘密基地にいるみたい」
私たちは、自分たちが大人であるという役割を、一時的にホテルの入り口に預けてきたことに気づいた。ここでは、ただの「友達」でいられる。それだけで、十分すぎるほどの贅沢だった。
満たされた胃袋と、心地よい静寂の余白
食べ終えた後のプラスチック袋が、テーブルの上で小さくカサリと音を立てていた。賑やかだった会話がふっと途切れ、部屋の中には、エアコンの低いハム音と、外で降り始めた小雨の音が入り込んでくる。二月の夜の静寂は、厚い毛布のように私たちを優しく包み込んだ。誰からともなく、私たちはそれぞれベッドに潜り込んだ。ふかふかのシーツの感触が肌に触れ、外の冷たさと対照的な温もりに、意識がゆっくりと溶けていく。斜めの天井を眺めていると、自分が今どこにいるのかという感覚が曖昧になる。それは孤独ではなく、心地よい空白だった。何もない空間が、同じ重さを持って私たちを支えてくれている。明日になれば、また誰かの期待に応える「大人」に戻らなければならない。けれど、この部屋の不思議な角度と、胃に残った夜市の温かさがある限り、その戻り方も少しだけ軽くなる気がした。私たちはもう何も話さなかった。ただ、同じリズムで呼吸を合わせ、深い眠りに落ちていった。
薄暗い部屋の中で、半分だけ開いたカーテンから、羅東の街の灯りが滲んでいた。
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