「誰が一番にロビーに着くか賭けようぜ」なんて盛り上がったけれど、現実は残酷だった。烏石港の強風に煽られ、髪の毛は見るも無惨な方向に跳ね上がり、全員が同時に、しかも情けない格好で滑り込んだ。潮風が、私たちのささやかなプライドを全部さらっていったみたい。互いの顔を見た瞬間、堪えきれずに吹き出した。
港で頬張った海鮮の余韻が、まだ指先に、そして舌の奥に心地よく残っている。新鮮すぎて、口の中で小さな潮騒が鳴り響いているような感覚。アンドレ・チアンの料理は、単に美味しいという次元を超えて、味覚に心地よい秩序をもたらしてくれる。立体的な味わいが層になって押し寄せ、一口ごとに会話がふっと途切れる。その沈黙さえも、贅沢な調味料だった。
「ここ、陸上のクルーズ船だってさ」誰かがぽつりと呟いた。私たちは顔を見合わせ、同時に爆笑した。動かない船に泊まるなんて、計画通りにいかない私たちの旅そのものじゃないか。「それこそ僕ららしいね」という誰かの鋭いツッコミに、また笑いが波のように広がった。この心地よい不自由さが、今の私たちにはちょうどいい。
海水プールに飛び込んだ瞬間、10月の冷気が鋭い針のように肌を刺した。あまりの衝撃に、誰かが情けない悲鳴を上げて盛大な水しぶきを上げる。それが合図だった。大人の皮を脱ぎ捨て、全力の水掛け合いが始まる。誰が一番、情けない顔で水に浸かっているか。そんなくだらない競争に、私たちは本気で、泥臭く挑んでいた。
午前6時。バルコニーへ出ると、世界は深いインディゴブルーに塗り潰されていた。遠くに亀山島が、淡い影のようにぼんやりと浮かんでいる。耳に届くのは、凪いだ海の静寂と、隣で眠る友人の規則正しい寝息だけ。この静けさは、誰にも邪魔されたくない、私たちだけが共有する秘密の周波数のようで、胸の奥がじんわりと熱くなった。
裸足で踏みしめたタイルのひんやりとした温度が、心地よく足裏に馴染む。シモンズ製ベッドに体を沈めると、パリッとしたリネンの感触が肌に吸い付き、深い安らぎに包まれた。部屋の広さを測ろうとわざわざ歩数で数えてみたけれど、結局途中で飽きて、ただ真っ白な天井を眺めていた。ここにある贅沢な空白が、心地よい重みを持って私たちを癒していく。
夜、ロビーで映画が始まった。香ばしいポップコーンの匂いが、温かい空気と共に空間をゆっくりと満たしていく。隣で誰かが口いっぱいにポップコーンを頬張り、喋ろうとして詰まっている。その滑稽な姿を見て、私たちはまた、どうしようもなく笑い転げた。完璧なスケジュールなんて、最初から必要なかったのだと、映画の光の中で確信した。
10月の風は、少しずつ冬の気配を運び始めていた。凱渡廣場酒店という大きな船に乗って、私たちはどこへも行かずに、心の奥にある遠い場所まで旅をした気がする。欠けている部分があるからこそ、隣に誰かがいることがこんなにも心地いい。そんな当たり前の真理が、この場所では揺るぎない確信に変わった。
水平線の向こうに、燃えるようなオレンジ色の光が静かに溶けていく。
- 朝6時の亀山島の日の出は絶対に見て。言葉を失うほどの絶景だから。
- ホテルのスパで旅の疲れを全部リセットして。最高に贅沢な時間になるよ。