誰が、夜食なんて欲しがったんだろう
七月の台東の空気は、まるで濡れた重い毛布のように肌にまとわりつく。湿度七十六パーセントという数字よりも、皮膚が直接感じる「粘り気」の方がずっとリアルだった。熱気球カーニバルの喧騒から逃れ、車で戻ってきたときの、あの耳の奥に残るキーンとした静寂。私たちは、自分たちがどれほど疲れ切っていたかを、エアコンの冷気に触れた瞬間にだけ理解したのかもしれない。けれど、誰かがふいに「何か食べない?」と言い出した。その提案は、空腹というよりも、この心地よい疲労感に句読点を打ちたいという、ある種の儀式のようなものだったと思う。
私たちは、まるで深夜の作戦会議のように、近くのコンビニへ向かった。レジ袋に詰め込まれたのは、地元の味がしそうな不思議なパッケージのお菓子と、キンキンに冷えた飲み物。指に食い込むビニールの感覚が、心地よい緊張感を与えてくれた。歐遊連鎖旅館の廊下を歩きながら、私たちの足音はいつもより少しだけ重く、けれどリズムは不思議と揃っていた。部屋のドアを開けた瞬間、高挑な天井から降り注ぐ冷気が私たちを迎え、外の熱帯のような夜が、遠い世界の出来事のように感じられた。この空間の広々とした開放感と、肌を刺すような冷たさが、ようやく私たちを現実へと引き戻してくれた気がした。
咀嚼音と、くだらない言い訳たちの時間
「ねえ、信じられる? あの早起きして熱気球を見に行ったっていう、私たちのあの根拠のない自信」
誰かがポテトチップスの袋をバリバリと音を立てて開けながら言った。その乾いた音が、静まり返った部屋に不自然なほど大きく響く。私たちは、清潔なベッドの上に円を描くように座り込み、コンビニで買った戦利品を広げた。
「結果的に、一番記憶に残ってるのは、待ち時間の間にお互いの顔がどんどん赤くなっていく様子だったよね。あれ、正直言ってかなり誇張された絶景だったと思う」
「いいじゃん。そういう、計画通りにいかない感じが、私たちの旅のデフォルトだし」
誰かが笑いながら、地元で買ったという豆腐料理を口に運ぶ。温かい豆腐のなめらかな質感と、少しだけ濃いめのタレの味が、疲れた身体にじんわりと染み込んでいく。私たちは、今日一日の中で誰が一番情けないミスをしたか、誰が一番「無理」という言葉を飲み込んで笑っていたかを、競い合うように話し始めた。
「でもさ、ぶっちゃけ、この部屋の広さのおかげで、お互いの不機嫌な顔が見えない距離を保ててるのが正解だったかもね」
「それ、最高のツッコミだね」
そう言って笑い合ったとき、ふと気づいた。私たちは、絶景やイベントを共有することよりも、こうして狭い円の中で、くだらない言い訳を言い合いながら同じ味を共有することに、より深い安心感を抱いていたのかもしれない。それは、ある種の共犯関係のような、心地よい連帯感だった。外の喧騒を遮断した歐遊連鎖旅館の静かな空間が、私たちの心の壁をゆっくりと溶かしていくのがわかった。
胃袋が満たされたあとの、凪のような静寂
最後の一口を飲み込み、空になった袋が散らばったとき、部屋にはふっと空白が訪れた。それは、食事というイベントが終わったことによる喪失感ではなく、むしろ、必要な言葉をすべて使い切ったあとの、心地よい凪のような時間だった。空調の低いハム音が、一定の周波数で部屋を満たし、外では台風の前触れのような、重く湿った風が窓をかすめていた。気圧がゆっくりと下がっていく感覚。その圧力が、かえって私たちをこの部屋という小さな繭の中に、深く、深く押し込めてくれる気がした。
裸足で踏んだタイルのひんやりとした温度が、足の裏からゆっくりと体温を奪っていく。その感覚が心地よくて、ずっとそのままにしておきたかった。私たちは、もう誰も何も話さなかった。ただ、隣に誰かがいるという事実だけが、物理的な重量を持ってそこにあった。孤独とは、一人でいることではなく、誰と一緒にいても埋まらない隙間があることだと思っていたけれど、今この瞬間だけは、その隙間さえも、心地よいクッションのように感じられた。
準備された真っ白なシーツに体を沈めると、身体の境界線が曖昧になり、部屋の静寂と自分が溶け合っていく感覚がある。明日になれば、また暑い太陽の下で、計画通りにいかない旅に振り回されるのだろう。けれど、この真夜中の静寂を共有したという記憶があるだけで、どんなに不便な道でも、笑って歩いていけるような気がした。不完全であることの心地よさを、私たちはこの部屋で、静かに分かち合っていた。
冷たい結露がついたペットボトルが、シーツの上に小さな輪を描いていた。
- 地元の市場で買った、温かい揚げ豆腐と甘辛いタレの組み合わせ。深夜の胃にちょうどいい。
- コンビニの冷えた台湾ビールと、少しだけ塩気の強い地元のナッツ。会話のいいアクセントになる。