「ねえ、ここ、なんだか懐かしい感じがしない?」
「ねえ、ここ、なんだか懐かしい感じがしない?」
君がそう呟いたのは、台北駅のM6出口から地上へ上がり、熱を帯びた湿った風に吹かれながら台北凱撒大飯店に足を踏み入れた瞬間だった。
「初めて来た場所なのに?」
私が問い返すと、君はいたずらっぽく微笑んだ。
私は答えを出す代わりに、スーツケースの冷たい金属ハンドルをなぞる。エアコンが作り出すひんやりとした空気の層が、まるで昔から知っていた誰かの呼吸のように心地よくて、私も小さく頷いた。この入り口をくぐったとき、二人の間の緊張感が少しだけ緩んだ気がした。
琥珀色の静寂と、溶け合う体温
部屋に入ると、まず足裏に伝わるカーペットの柔らかな厚みが、外の喧騒をすべて吸い込んでしまったかのような静寂を運んできた。少し年季の入った調度品が醸し出す、落ち着いた温もりが部屋を満たしている。最新の設備ではないかもしれないが、それがかえって、旅人の心を解きほぐす懐かしさに変わる。窓の外には台北駅の街灯りが、心拍数のように点滅していた。6月の台北は空気が重い。けれどその湿度は、不快なものではなく、むしろ二人を優しく包み込む薄い膜のようなものに感じられた。外で降り始めた雨が窓ガラスを叩く音が、不規則なリズムで部屋に流れ込んでくる。それはまるで、誰かが密かに刻んでいる秘密のコードのようだった。
ベッドに体を沈めると、リネンのひんやりとした感触が、歩き疲れた肌に心地よく馴染んだ。私たちはどちらからともなく、買ってきたマンゴーを切り分けて食べた。黄金色の果肉が舌の上でとろけ、濃厚な甘さが口いっぱいに広がる。冷たい果実の温度が、火照った体に染み渡っていく感覚。マンゴーの甘い香りが、雨上がりの土の匂いと混ざり合い、記憶の深いところに刻まれていく。ふと気づくと、君の口角に小さな果肉がついていた。それを指で拭おうとしたとき、君がふふっと笑って、私の手首を軽く掴んだ。その瞬間、心臓の音が耳の奥まで届いた。そんな、取るに足らない、けれど替えのきかない小さな喜びが、この部屋の空気をふわりと軽くした。
シャワーを浴びると、心地よい水圧が肩の凝りを丁寧に解きほぐしていく。石鹸の香りが指の間で泡立ち、白い湯気に包まれている間だけは、自分たちがどこにいるのかさえ分からなくなる。もしかすると、私たちは何か正解を探してここに来たのかもしれない。けれど、答えなんてなくていい。ただ、この湿度に身を任せて、相手の体温をなんとなく感じているだけで十分なのだという気がした。
明日は、ホテルにあるスパで心身をリセットし、夜には屋上庭園から台北の夜景を眺めよう。台北凱撒大飯店という空間は、私たちにとって単なる宿泊場所ではなく、互いの不器用さを許し合えるための、ちょうどいい大きさの器だったのかもしれない。外の雨はやみ、アスファルトから立ち上がる蒸気が街を白く染めている。私たちはそのまま、どちらが先に口を開くか分からないまま、静かな時間を共有していた。それは、空白という名の贅沢な時間だった。
グラスに残った水に、街の灯りが琥珀色に揺れている。
- 蓮の花が咲く頃に、時間を忘れてゆっくり散歩しようか。
- 明日の朝は少し早起きして、屋上庭園から街の目覚めを眺めたいね。