「誰がこの時間に夜市に行こうなんて言い出したのよ!」
「いや、だって昼間の方が空いてると思ったんだよ!」
「結果はどう? 全部閉まってて、一時間も同じところをぐるぐる回っただけじゃん。誇張抜きで、人生で一番無駄な散歩だったわ」
「でもさ、あの変な文房具屋見つけたじゃん。書けないペンを売ってるっていう、ある意味天才的な店」
「あれを『発見』って呼ぶのは無理があるでしょ!」
私たちは、誰が一番ひどいルートを選んだかを競い合うように言い合いながら、腹を抱えて笑っていた。誰かが誰かの足を踏み、誰かが大げさに嘆き、それでも会話は途切れず、心地よいノイズとなって空間を埋めていく。
喧騒を脱ぎ捨てた、琥珀色の静寂
そんな騒がしい私たちの避難所になったのが、台北時代寓所だった。善導寺駅の喧騒からわずか一分。ドアを開けた瞬間、外のねっとりとした九月の湿気が遮断され、肌を刺すような心地よい冷気が全身を包み込む。裸足で踏んだフロアのひんやりとした温度が、火照った足裏からゆっくりと熱を奪っていく感覚。それがたまらなく贅沢に感じられた。
部屋の窓から見える高層階の景色は、まるで都市の断片を切り取ったコラージュのようだ。遠くで点滅する赤い信号機や、絶え間なく流れる車のヘッドライト。それらが窓ガラスというフィルターを通ることで、わずかに屈折し、輪郭をぼかして部屋の中に流れ込んでくる。レビューにあった通り、空気さえも淡い粉オレンジ色に染まっているかのような錯覚に陥る。その光の粒子が、私たちの疲れた心をゆっくりと解きほぐしていく。
バスルームの毛ガラス越しに漏れる柔らかな光と、リネンのパリッとした質感、そしてかすかな洗剤の香りが鼻をくすぐる。浴槽とシャワーが分かれた機能的な空間でありながら、どこか包容力のある設計だ。十分すぎるほど広々とした空間があるけれど、私たちはあえて狭いソファに肩を寄せ合って座っていた。誰かが持ってきた冷たいウーロン茶のグラスに、小さな水滴がついて指先に触れる。その冷たさが、今ここにある時間の輪郭をはっきりさせてくれる。完璧に整えられた空間でありながら、そこに私たちの乱雑な荷物や、脱ぎ捨てられた靴が散らばっている。その不調和さが、かえってこの場所を「自分たちの場所」にしてくれた。贅沢とは設備のことではなく、誰かと一緒にだらしなく過ごせる時間のことを言うのかもしれない。
午前二時の、低い周波数
「ねえ、実際、今のままでいいのかな」
部屋の明かりを落とし、間接照明だけが淡いオレンジ色に壁を染めている。昼間の喧騒が嘘のように消え、聞こえるのは遠くの街の低い唸りと、エアコンの規則的なリズムだけ。隣に座る友人の声が、昼間よりもずっと低く、静かに響く。
「どういう意味?」
「いや、なんとなく。大人になって、ちゃんと正解だけを選ばなきゃいけない気がして。でも、今日の散歩みたいに、全然違う方向に歩いてた方が面白いこともあるじゃない」
「まあ、そうかもね。というか、正解なんて誰が決めるんだろうね」
答えが出ない問いを、ただそこに置いたままにする。無理に解決しようとせず、ただその不安の形を眺める。私たちは、お互いの弱さをさらけ出すことが、最高の贅沢だと気づき始めていた。昼間の笑い声が、今は静かな残像となってまぶたの裏に焼き付いている。言葉にならない感情が、部屋の空気に溶け込み、心地よい重みとなって私たちを繋ぎ止めていた。誰にも理解されなくていい、ただこの空間に、この温度で、一緒にいられればそれでいい。そんな気がした。
窓の外で、夜の台北が静かに呼吸を続けている。
- 台北時代寓所の高層階から、あえて何も考えずに街の光を眺めてみてほしい。
- 善導寺駅周辺の路地裏で、名前も知らない店のお茶を飲んでみる。