湿った空気が肌にまとわりつく。8月の台北は、街全体が巨大な蒸し器にかけられたみたいだ。私たちは「誰が一番早く前髪が死ぬか」で賭けをしていたけれど、結果は全員完敗。タクシーを降りた瞬間、湿気に反応した髪が意思を持って広がり始めた。けれど、エントランスに足を踏み入れた瞬間、外の喧騒と熱気がふっと消え、凛とした冷気が肌を撫でた。
マンダリン オリエンタル 台北のビュッフェ。ロブスターの殻を割った時の、あのパキッという乾いた音。弾力のある身に濃厚なバターソースが絡み、口の中で熱とコクが心地よく混ざり合う。隣で誰かが「これ、一生食べてられる」と呟いたけれど、実際は胃袋という物理的な壁にぶつかっていた。贅沢とは、こういう心地よい「飽和状態」のことなのかもしれない。
「その格好、本気で言ってる?」。ジャケットを完璧に着こなしてきた友人に、私たちは全力でツッコミを入れた。外は30度超えのサウナ状態なのに、彼は「大人の余裕」を演出したかったらしい。結果、ロビーに辿り着くまでに汗でシャツが透けていて、余裕どころか絶望的な状況になっていたのが最高に面白かった。でも、そんな滑稽な彼が、このホテルの重厚な空間に一番馴染んでいた気がする。
部屋の広さに、みんなで絶句した。誰が一番遠くまで歩けるか、あるいは誰が一番静かに叫べるか。足裏に沈み込む厚いカーペットが、私たちのくだらない言い争いさえも、どこか遠い場所の出来事みたいに吸い込んでしまう。この空間の静寂には、ある種の心地よい重量感がある。一人でいても、誰かといても、ちょうどいい距離を保たせてくれる、贅沢な重さだ。
窓の外で雨が降り始めた。ガラスを伝う水滴が、街のネオンをプリズムみたいに分解して、部屋の中に淡い色の光を散らしている。光が屈折し、外の世界との境界線が曖昧になる。静寂が層のように重なり合って、心地よい圧迫感に変わる。そんな、何もしない時間が、実は一番の贅沢だったのかもしれない。
裸足で踏んだ大理石のタイルの温度が、驚くほど低かった。指先から体温がゆっくりと吸い上げられていく感覚。バスルームに漂う洗練された石鹸の香りが、指の間で静かに消えていく。ここでは、時間という概念が少しだけ形を変えて、蜂蜜のように粘り気を持って流れている気がする。ただぼーっとしていることが、唯一の正解になる場所だ。
ロビーの豪華すぎる装飾に目を奪われ、待ち合わせ場所を間違えて30分間だけ迷子になった。お互いに「あっちだ」と言い張りながら、結局同じ場所を三周していた。でも、その時の絶望感と、正解を見つけた時のくだらない快感こそが、この旅のハイライトだったと思う。完璧なスケジュールなんて、最初から必要なかったのだ。
帰りのパッキングをしながら、誰が一番荷物を詰め込めないかでまた賭けを始めた。結局、全員が無理やり閉じたスーツケースを引きずって空港へ向かう。完璧な旅じゃなかったけれど、その不完全さが、私たちのリズムにちょうど合っていた。心地よい疲れと、マンダリン オリエンタル 台北で過ごした濃密な記憶を抱えて、また日常という波に戻っていく。
窓に残った、小さな水滴の跡。
- ビュッフェのロブスターは絶対。胃袋を空っぽにして行って。
- 贅沢なバスルームで、ただぼーっとする時間を15分だけ作ってみて。