真夜中の空腹と、雨に濡れた言い訳
濡れた傘がホテルのエントランスの磨き上げられた大理石に滑る、あの独特の湿った音が耳に残っている。五月の台北は、街全体が巨大な湿布に包まれているかのように、重く湿った空気が肌にまとわりついて離れない。私たちは「ホタルを見に行く」という、あまりに楽観的な賭けに完敗した。結果的に目にしたのは、吸い込まれるような真っ暗な山道と、容赦なく降り注ぐ冷たい雨、そしてお互いのずぶ濡れになった靴下だけ。正直、あの時点では全員が絶望の淵にいたと思う。けれど、福容大飯店 台北一館に戻り、冷房が心地よく効いたロビーの乾燥した空気に触れた瞬間、張り詰めていた肩の力がふっと抜けた。誰が言い出したのか、私たちは競い合うように近くのコンビニへ走り、袋いっぱいに夜食を詰め込んだ。温められた弁当の湯気、色とりどりの台湾プリン、そしてなぜか大量のポテトチップス。濡れた服を脱ぎ捨ててパジャマに着替えた後の、あの圧倒的な解放感。部屋のベッドの上にプラスチックの容器が散らばっていく光景が、なんだか今の私たちにとって、唯一の正解に近い気がした。
咀嚼音に紛れ込ませた、旅の失敗談
「ねえ、ぶっちゃけあの山道、ただの迷路だったよね」
誰かが口にしたその言葉をきっかけに、部屋中に弾けるような笑いが広がった。私たちは広々としたベッドの上に円を描くように座り、コンビニの温かい点心を頬張りながら、今日という日の「大失敗」を最高の肴に盛り上がる。
「だって、ガイドブックには『幻想的な光景』って書いてあったし。結果的に見たのは、自分の靴の中に入ってきた雨水だけだったけどさ」
「言い過ぎだって。まあ、あの泥だらけの靴を見たときは、さすがに笑いを堪えるのに必死だったよ」
そんなとりとめない会話が、絶え間なく続く。一人でいれば「最悪な一日」として記憶に刻まれていたはずの出来事が、誰かと共有した瞬間に、質の良いコメディへと塗り替えられていく。その感覚は、濡れた画用紙に落としたインクが、ゆっくりと、けれど確実に外側へ広がっていく様子に似ていた。個人の不満や疲れという鋭い輪郭が、笑い声という水分に溶かされて、心地よい一体感へと塗り潰されていく。途中で、一人がポッキーの箱の切り口が見つからず、結局歯で無理やり開けようとして盛大に中身をぶちまけた。そのあまりに間抜けな光景に、私たちは全員、一瞬だけ言葉を失って凝視した。そして、同時に爆笑した。高級ホテルの真っ白なリネンに、安っぽいチョコ菓子が散らばっている。その不釣り合いさが、たまらなく愛おしく感じられた。
満腹のあとに訪れる、心地よい空白
プラスチックの容器が片付けられ、部屋に元の静寂が戻ってくる。角部屋の大きな窓からは、まだ雨が降り続いている台北の街並みがぼんやりと見えた。けれど、さっきまで感じていた不快な湿っぽさはもうない。福容大飯店 台北一館の中にあるこの空間だけが、喧騒から切り離された静謐なシェルターのように感じられた。エアコンの低い唸り音と、時折遠くから聞こえる車の走行音。それらが心地よいBGMとなって、思考をゆっくりと凪の状態に導いてくれる。ベッドに深く沈み込むと、シーツのひんやりとした滑らかな感触が、火照った体にちょうどよかった。隣で誰かが小さく寝息を立て始めている。完璧なスケジュールをこなし、有名な観光地をすべて効率的に回った旅だったら、きっとこんなふうに深い充足感は得られなかっただろう。足りないものがあること、計画が崩れること。その空白があるからこそ、そこに誰かの笑い声や、コンビニのプリンの濃厚な甘さが入り込む余地ができる。私たちは、正解のない旅をしていた。けれど、その不完全さこそが、この旅の本当の輪郭だったのだと思う。水に溶けた色彩がゆっくりと定着するように、この夜の記憶は、きっと消えない色で心に残るはずだ。
雨の匂いが、少しだけ甘くなった気がした。
- 24時間営業のコンビニで、現地の人がおすすめする「限定フレーバーのプリン」を買い込むこと
- 深夜の部屋で、あえて予定をすべて白紙にして、ただ雨音を聴きながらとりとめもない話をすること