肌にまとわりつくような、重たい湿り気。六月の台北は、空気がそのまま体温を持っているかのように熱く、呼吸をするたびに肺の奥まで熱帯の濃密な湿度が入り込む。不意に降り出した雨が、熱を持ったアスファルトを激しく叩き、白い蒸気が足元からぼんやりと立ち上がっていた。私たちは、濡れた靴の先を気にしながら、喧騒を抜けて首都大飯店松山館へと歩いた。隣を歩く君の肩が、時折触れては離れる。卒業という大きな区切りがついたばかりの私たちは、これからどこへ向かうのか、その答えを出すのが怖くて、わざと饒河街夜市の喧騒に身を投じた。焼きたての海鮮の香ばしい匂いと、行き交う人々の多言語が混ざり合う喧騒。世界がこんなにも騒がしいのに、私たちの間だけは、深い水底に沈んだ真空地帯のような静寂が横たわっていた。ホテルの重いドアを開けた瞬間、外の熱気が断ち切られ、ひんやりとした空気が皮膚をなでた。ロビーに漂う静謐さは、まるで都会の喧騒を濾過したかのような心地よい圧迫感があった。部屋に入り、裸足で踏んだタイルの冷たさに、ふっと肩の力が抜ける。ベッドに体を沈めると、洗いたてのリネンの清潔な匂いが鼻をくすぐった。館内のフィットネスジムやバーの存在を思い出し、この場所が提供する「日常からの切り離し」に安堵する。窓の外では、また雨が降り始めている。街角のコンクリートの裂け目から、名もなき緑の芽が指先ほどの大きさで顔を出していたのを、来る途中で見た。その不器用な生命の震えは、今の私たちに似ているのかもしれない。灰色の街に、静かに穴を開けていく根の力。正解が見えない場所で、それでももがいて、何かを掴もうとする。そんな不格好な在り方が、本当は心地よかった。夜、屋上の空中花園に上がると、台北101が夜の闇に鋭く突き刺さっていた。頬を打つ風は少しだけ冷たく、遠くで聞こえる車の走行音が、心地よいリズムとなって耳に届く。「ねえ、私たちはどうなるのかな」と口に出しかけて、飲み込んだ。君が私の手に自分の手を重ねたとき、その温度がゆっくりと伝わってきて、胸の奥がじわりと熱くなった。翌朝、一階のレストランで出された素食の朝食。見たこともない野菜の煮込みや、丁寧に作られた精進料理の滋味深い味わいに、私たちは顔を見合わせた。特に、完熟したマンゴーの濃厚な甘みが口いっぱいに広がったとき、君の鼻先に小さな果汁がちょこんとついていた。それを指で拭おうとしたとき、二人で不意に笑い合った。その笑い声が、この旅で一番大切な音だったのかもしれない。チェックアウトの時間になり、再び外の熱気に飛び出す。でも、首都大飯店松山館の部屋のドアを閉めたときのあの静寂と、冷たいシーツの感触が、私たちの記憶に深く刻まれている。答えはまだ出ないけれど、この場所で一緒に呼吸をしたという事実だけが、今の私たちを支えてくれる。雨上がりの空気が、少しだけ軽くなった気がした。私たちは、またゆっくりと、自分たちの歩幅で歩き出せばいい。そんな気がして、私は君の手を、もう少しだけ強く握りしめた。
- 饒河街夜市で、あえて計画を立てずに、心に留まった香りのする店に迷い込んでみる。
- 早朝の空中花園で、台北101を眺めながら、言葉にならない今の気持ちを共有してみる。