誰が一番に迷子になるか、賭けをした。結果、全員が正解だった。地図アプリが嘘をついていると疑いながら、ぬるい風に吹かれて辿り着いたのが、臺中勤美洲際酒店 InterContinental Taichungのロビーだった。冷房の効いた空間に足を踏み入れた瞬間、外の湿気が皮膚から剥がれ落ちる感覚。信じられないと思うけど、私たちは全員、汗だくのまま「ここ、私たちのレベルに合ってないよね」と顔を見合わせて笑った。
朝食のプレートに添えられていた、名前も知らない地元の果実。口に入れた瞬間、甘酸っぱさが弾けて、意識が強制的に覚醒する。誰かが「これ、お母さんに送ってあげたい」と言い出し、急に母の日についての議論が始まった。端午の節句に食べるちまきの話まで飛び火して、結局、誰が一番親孝行ができているかという不毛な言い争いに発展した。でも、その騒がしさが、真っ白なテーブルクロスに心地よいリズムを刻んでいた。
バスルームに漂うバイレードの香りが、あまりにも「正解」すぎて、逆に落ち着かない。友人がその香りに包まれながら、「私、今、高級百貨店のショーウィンドウに展示されてる気分」と呟いた。それに対して「いや、ただのいい匂いのする迷子でしょ」と返した時の、あの絶妙な間。私たちは、この贅沢すぎる空間を、あえて軽んじることで共有していたのかもしれない。
ネスプレッソのボタンを押し間違えて、コーヒーが変な方向に飛び散った。濃い茶色の液体が白い床に点々と広がる。誰が片付けるかで三分間ほど揉めたけれど、結局、みんなで笑いながらティッシュで拭いた。こういう、計画にない小さな失敗こそが、旅の本当の輪郭になる。完璧なホテルの設備と、私たちの不完全な使い方のコントラストが、なんだか可笑しくてたまらなかった。
窓の外に広がる草悟道の緑。5月の光は少しだけ白く、遠くで誰かが笑っている声が、フィルターを通したみたいに柔らかく届く。エグゼクティブラウンジから眺める街並みは、まるで丁寧に切り取られた絵葉書のようだった。ベッドに深く沈み込み、天井の模様を数えていた。ここにある静寂は、空っぽなのではなく、心地よい密度を持っている。一人でいても寂しくないし、誰かといても疲れない。そんな絶妙な距離感が、この部屋にはあった。
裸足で踏んだバスルームのタイルの温度が、心地よく冷たい。ダイソンのドライヤーから出る強烈な風に煽られて、髪がめちゃくちゃに舞う。その光景を見て、友人が「今のあなた、台風の被害に遭った人みたい」と爆笑していた。鏡に映る、ひどい顔をした自分。でも、その瞬間、心の中にある何かがふっと軽くなったのが分かった。
不意に降り出した五月の雨。窓ガラスを叩くリズムが、まるで誰かが指でピアノを弾いているみたいだった。外に出るのを諦めて、部屋で百合の花の香りに似た、どこか懐かしい会話を続けた。ホタルを見に行く計画は結局立ち消えになったけれど、雨音を聞きながら、ただそこに居ることの贅沢さを、私たちは言葉にせず共有していた。
チェックアウトの時、エレベーターの中でふと沈黙が訪れた。でも、それは気まずい沈黙ではなく、心地よい余韻のようなものだった。臺中勤美洲際酒店 InterContinental Taichungで過ごした時間は、私たちに少しだけ、自分のリズムを取り戻させてくれたのかもしれない。誰かの期待に応えるためではなく、ただ自分の心地よさに正直になること。そんな当たり前のことが、この白いシーツと冷たいタイルの中で、静かに完結していた。
雨上がりの街に、かすかに百合の香りが混じっていた。
- 草悟道を散歩して、あえて目的のない店に迷い込んでみて。
- バイレードの香りに包まれながら、あえてくだらない喧嘩をすることをおすすめするよ。