「ねえ、誰が地図持ってるか賭けない?たぶん全員持ってないと思うんだけど」
「今どき地図使うやついる?グーグルマップがあるじゃん!」
「でも電波死んでたし!っていうか、さっきの雨、あれ何?バケツひっくり返したレベルだったよね」
「おかげで靴下までびしょびしょ。あーもう最悪!誰だよ、このルートがいいって言い出したのは」
「え、私?いや、君が『冒険したい』って言ったんじゃん!」
「あはは!私たちの冒険心、結局コンビニまで行くのに30分かかるっていう結果になったね。もう笑うしかないわ」
湿った空気と、回転する日常の音
冷房の冷気が、汗ばんだ首筋にまとわりつく。樂微行旅 The Way Inn.のドアを開けた瞬間、外のむせ返るような熱気が嘘のように消え、リネンの清潔な香りと、かすかなアロマの気配が鼻をくすぐった。日式双人房の畳の質感は、裸足で踏むと少しだけひんやりとしていて、火照った足裏に心地いい。私たちはそのまま、誰が先にベッドにダイブするかという、どうでもいい競争を始めた。白いシーツが肌に触れる瞬間の、あのひんやりとした快感。それは旅の疲れを一度に吸い取ってくれる魔法のようだった。
この部屋のいちばん好きなところは、バルコニーにある洗濯機だ。6月の台中の雨は気まぐれで、外を歩けばすぐに服が湿ってしまう。でも、目の前でゴロゴロと低く唸るドラム式洗濯機を眺めていると、不思議と心が凪いでいく。濡れたTシャツや靴下が、遠心力で激しくかき混ぜられていく様子。それはまるで、卒業してバラバラになる私たちの、今のぐちゃぐちゃな心境をそのまま形にしたみたいだ。汚れが落ち、再び白く戻っていく服を見ていると、不安だった未来さえも、一度リセットしてやり直せるような気がしてくる。バルコニーから見える空は、雨上がりの深い藍色に染まり、遠くで車のクラクションが小さく響いていた。
地下1階の共有スペースから漂う、深く苦いコーヒーの香りと、誰が置いたのかわからない小さなお菓子の山。そんな些細なことが、旅の緊張をほどいてくれる。夜、忠孝夜市まで歩く道のりはほんの数分だけだが、そこには油の焼ける香ばしい匂いと、絶え間ないバイクの喧騒が凝縮されていた。もどかしいほどの湿度があるけれど、それがこの街の呼吸なのだろう。部屋に戻り、水圧の強いシャワーを浴び、最新の温水洗浄便座の心地よさに身を任せていると、自分が今どこにいるのか、それよりも「今ここにいる」ということだけが、確かな手触りとして残った。窓の外に広がる台中の夜景が、ぼんやりとオレンジ色に滲んでいる。この静寂と喧騒の境界線に身を置くことで、私たちはようやく、自分たちの本当の距離感に気づき始めていた。
午前2時の、言い訳できない本音
「……実際、卒業してどうするつもり?」
薄暗い照明の下、誰かがぽつりと呟いた。部屋の中には、エアコンの低い作動音だけが響いている。
「さあね。とりあえず、親に怒られない程度の就職先は探してるけど」
「ふーん。まあ、いいんじゃない。正解なんてないし」
「そうかもね。でもさ、こうやってみんなでバカやってる時間が、一番贅沢な気がする。明日からはもう、そういう言い訳が通用しなくなるし」
「大丈夫だよ。だって私たちは、迷子になる天才なんだから。どこに行っても、たぶん面白い方向に見つけ出すよ」
「あはは、それだけは自信あるわ」
バルコニーに干したタオルが、夜風に揺れてかすかに擦れる音が聞こえる。
- 角にある「揚平燒餅」のサクサクした食感と香ばしさは、絶対に体験しておくべき。
- 地下1階のコーヒーマシンで一杯淹れて、あえて何もしない時間を15分だけ作ってみて。