← 戻る 南紀白浜とれとれヴィレッジ

青い光の中で、誰かがポテトチップスを開ける音

真夜中の空腹は、誰が招いた招待状か

10月の白浜。夜風はしっとりと肌にまとわりつき、潮の香りと共に心地よい冷たさを運んでくる。とれとれ市場で買い込んだ海鮮のパックと、コンビニのジャンクフードが詰まったビニール袋。指先に食い込むその重みが、まるで戦利品を手にした冒険者のように誇らしかった。私たちは「もう十分食べた」と口を揃えながら、結局は欲望のままにカゴをいっぱいにしていた。

南紀白浜とれとれヴィレッジのゲートをくぐった瞬間、空気の密度がふわりと変わる。そこは「洞窟ダンジョン」というコンセプトが支配する、大人が本気でふざけるために設計されたような非日常の空間。足元の地面がわずかに波打ち、視界に飛び込んでくるのはファンタジーの世界を切り取ったかのような不思議な造形。部屋に辿り着くまでの短い距離で、私たちはすでに、現実世界の肩書きやしがらみをどこか遠い場所に置き忘れてきていた。

咀嚼音に紛れ込ませた、夜だけの本音

「ねえ、ここ本当にダンジョンじゃない? 誰かボスでも出てきそう」

誰かがクスクスと笑いながら、壁に描かれた幻想的な壁画を指差した。私たちは5人部屋(洋室)の広い空間にあるソファに、重なり合うようにして深く沈み込む。足元のカーペットは、歩くたびに足首を優しく飲み込むような厚みがあり、外界の喧騒を完全に遮断していた。

「っていうか、さっきの市場の店員さん、絶妙なタイミングで『これ買いなよ』って顔してたよね」

「それより、このポテトチップスの味、懐かしくない? 放課後の駄菓子屋で食べたやつに似てる」

パリッ、という乾いた音がドーム型の天井に反響し、心地よいリズムを刻む。口の中に広がる塩気と、冷えた飲み物の喉越し。青いライティングが肌を非現実的な色に染め、私たちはいつしか、日常のガードを完全に解いていた。

「私さ、本当は今の仕事、全然向いてない気がするんだよね」

ふと漏れた独白に、誰かがチップスを口に放り込みながら、「まあ、向いてないなりにやるしかないでしょ」と適当に返した。その適当さが、どんな正論よりも深く心に染み渡る。私たちは互いの欠落を埋めるのではなく、ただ隣に並べて、一緒に眺めていた。

途中で、誰かが部屋にある「王者の椅子」のようなオブジェに座り、大真面目に魔法の呪文を唱え始めた。あまりに様になっていなくて、全員で腹を抱えて笑った。涙が出るほど笑った後、ふっと訪れた静寂。そのとき、私たちは同じ周波数で呼吸していたと思う。

満たされた胃袋と、静寂という名の余韻

食べ終えた後の静寂は、心地よい重みを伴って降りてくる。散らかった袋と、結露して冷たくなったペットボトル。部屋の隅で、薄暗い光に照らされたオブジェが、ゆっくりと呼吸しているように見えた。お腹がいっぱいになると、思考の輪郭がぼやけ、ただ「ここにいること」への絶対的な肯定感だけが残る。

ここは旅の途中の「セーブポイント」のような場所だ。ドームの外では、10月の夜風が建物を優しく叩いているだろう。けれど、この厚い壁に囲まれた聖域の中では、私たちは完全に守られていた。誰かが小さくあくびをした。その音が合図となり、一人、また一人とベッドに潜り込んでいく。

完璧な旅なんて、きっと存在しない。予定通りにいかないこと、誰かが不機嫌になること、道に迷うこと。けれど、そんな不完全な断片を、この不思議な部屋で一緒に共有できた。それが、今回の旅で一番手に入れたかったものだったのかもしれない。意識が遠のく直前、隣で寝息を立て始めた友人の気配を感じながら、私はこの青い光の中に、ずっと浸っていたいと思った。

裸足で触れたタイルの冷たさが、心地よく意識を凪へと導いてくれた。

  • とれとれ市場で調達する、地元産の新鮮な刺身盛り合わせ
  • コンビニの激辛スナックと、濃厚なミルクティーの組み合わせ