← 戻る ホテルモントレ仙台

瞼の裏に、まだ色が残っている

瞼の裏に、まだ色が残っている

湿った浴衣の生地が、熱を帯びた肌にぴたりと張り付いている。八月の仙台の夜は、空気そのものが重く、肺の奥まで湿り気が入り込む。駅からのわずか三分の道のりさえ、誰かが丁寧に塗り重ねた透明な膜の中を、もがきながら歩いているような感覚だった。不意に辿り着いたホテルモントレ仙台の重厚な扉を開けた瞬間、外の熱気がふっと遠のき、肌を撫でる風の温度が変わる。そこには、日本の都市であることを忘れさせる、別の時間が流れていた。ロビーに足を踏み入れると、まず耳に届いたのは、静かに降り積もる雪のような沈黙。それから、高い天井から降り注ぐステンドグラスの光が、磨き上げられた床の上に不規則な色彩の破片を落としていることに気づく。プリズムで分光された光の粒が、隣を歩く君の指先に淡い青や橙色を乗せていた。私たちは、あえて多くを語らなかった。祭りのあとの心地よい疲労感と、少しだけ気まずい、けれど心地よい距離感。その空白こそが、今の私たちにはちょうどいい。ボヘミアン・レガシーの部屋に入り、裸足で絨毯を踏む。足裏に伝わる厚みのある柔らかな感触が、外の世界の鋭さをゆっくりと消していく。アンティークの家具が放つ、かすかに甘く、どこか懐かしい古い木の匂い。そこに身を委ねると、自分が今どこにいるのか、あるいはいつの時代にいるのか、少しだけ分からなくなる。窓の外に広がる仙台の街並みは、夜の闇に溶け込み、点在する街灯だけが生き物のように静かに呼吸していた。ベッドに深く沈み込むと、リネンのひんやりとした感触が、火照った肌を静かに包み込む。「もしかすると、私たちはずっと、こういう場所を探していたのかもしれない」と、心の中で小さく呟いた。正解を出す必要のない、ただそこに在るだけで許される空間。ふと、君が私のスリッパを履いていて、私が君のものを履いていたことに気づく。サイズが合わなくて、ぶかぶかのまま歩こうとして、二人で小さく笑った。その瞬間だけは、緊張していた心の結び目が、ふっと緩んだ気がした。日本料理「隨縁亭」で味わった地元の味、口の中に広がる繊細な甘みと、それを分かち合った瞬間の視線の交差。そういう、名前のつかない小さな断片こそが、旅の正体なのだろう。天然温泉の湯に浸かると、お湯の温度がちょうどよく、体の境界線が曖昧になっていく。水圧が肩に心地よい重みをかけ、肺の中まで温かさが満ちていく感覚。湯気で視界がぼやけ、隣にいる君の輪郭が淡い光に溶け込んでいく。それは、夜空に上がった花火が消えたあとの、瞼に残る残像に似ていた。形はもうないけれど、確かにそこにあった熱量だけが、静かに脈打っている。私たちは、互いの欠落を埋め合うのではなく、その空隙をそのままにして、隣に座っている。空っぽの空間にも、満たされた空間と同じだけの重さがある。それを分かち合えることが、今の私たちにとって、一番贅沢なことだという気がする。明日の朝、目が覚めたとき、ステンドグラスから差し込む光が、また違う色で私たちを照らすだろう。そのとき、私たちはまた、新しい自分たちのリズムを見つけるのかもしれない。ただ、今はこの静寂に、深く潜っていたい。耳を澄ませば、遠くで誰かの笑い声が聞こえるけれど、ここではそれが心地よい音楽のように響いている。私たちは、ただ、ここにいていい。そのことだけが、今の私にとって、唯一の確信だった。

  • 宿泊者無料の天然温泉で、湯上がりに二人で冷たい水を飲みながら、祭りの余韻に浸る時間を持ってほしい。
  • 仙台駅から徒歩数分の距離にあるので、あえて地図を見ずに、夜の街の匂いと音を楽しみながら歩いてみてほしい。