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水音と、肩の距離感

水音と、肩の距離感

「ここ、ちょうどいい気がしない?」

「本当に、ここでいいのかな。ちょっとシンプルすぎない?」
チェックインを済ませた君が、ロビーの静謐な空気の中で少しだけ不安そうに呟いた。
「うん、いいと思う。なんだか、僕たちが探していたのは、こういう場所だったのかもしれないし」
僕は、スーツケースのキャスターがフローリングを転がる乾いた音を聞きながら、曖昧に答えた。正解なんてどこにもないけれど、その時の僕たちの間には、心地よい緊張感と、それ以上の静かな期待が、秋の夜風のようにそっと流れていた。

湯気に溶けていく、不器用な距離感

9月の仙台の夜は、想像していたよりもずっと早めに、しっとりとした冷え込みがやってきた。外に出ると、道端に揺れるススキが銀色の波のようにざわめいていて、その乾いた擦れる音が、秋の訪れを耳元で密やかに囁いているようだった。私たちは、ドーミーインEXPRESS仙台シーサイドの「海神の湯」へと足を向けた。

露天岩風呂のゴツゴツとした硬い岩に指先で触れたとき、その無骨な感触にふと意識が向いた。岩は、昼間の太陽の熱を深い場所まで溜め込んでいるようで、指先からじわりと心地よい温もりが伝わってくる。お湯に体を沈めると、肩まで届く熱さが、一日中歩き回って強張っていた筋肉を、ゆっくりと、丁寧にほどいていくのが分かった。ふと隣を見ると、君の肩が少しだけこちらに寄っていた。言葉を交わさなくても、お湯の温度が、僕たちの間の距離を自然に埋めてくれる。外気浴スペースに身を出し、夜空を見上げると、雲の切れ間から覗く月が、水面に小さく震えていた。その不確かな光を見つめながら、私たちはただ、お互いの呼吸の速さを確かめ合っていた。

脱衣所で、ホテルのパジャマに着替えようとしたとき、君が「これ、ちょっと大きいかも」と袖をくしゅくしゅにまとめて笑った。その拍子に、僕が畳もうとしたタオルがうまく四角くならず、ぐしゃっと崩れてしまった。そんな、どうでもいい小さな失敗に、二人で小さく吹き出した。完璧な旅なんてなくていい。むしろ、こういう、ちょっとだけ不格好な瞬間があるほうが、僕たちは安心できるのかもしれない。

部屋に戻り、シモンズ製のベッドに身を投げ出したとき、マットレスが僕たちの体重を正確に受け止め、ゆっくりと包み込んでくれる感覚があった。シーツのひんやりとした感触と、体温で温まった部分のコントラスト。窓の外からは、遠くで秋祭りの準備をしているのか、かすかな喧騒が聞こえてくる。でも、この部屋の中だけは、世界から切り離された静かな真空地帯のようだった。

ふと思い出して、コンビニで買ったずんだ餅を口に運ぶ。つぶつぶとした枝豆の食感と、控えめな甘さが、口の中でゆっくりと広がった。その素朴な味が、今の僕たちの気分にちょうどよかった。何か特別な贅沢があることよりも、こうして同じ温度のものを食べ、同じ静寂を共有していることに、言いようのない充足感を感じていた。僕たちはまだ、お互いのすべてを理解しているわけではないし、これからも迷うことがあるだろう。けれど、この夜の静けさと、肌に心地よいお湯の余韻があれば、なんとかなる気がした。

月明かりがカーテンの隙間から、白い床に細い銀色の線を描いていた。

  • 明日の朝は少し早起きして、海沿いの道をゆっくり散歩してみない?
  • お風呂上がりには、冷たい飲み物を飲みながら、あてもなく話をしよう。