「ねえ、ここ、本当に海が見えるの?」
「たぶん。まあ、行ってみないとわからないけど」
君が少し不安そうに、でも期待を隠しきれない瞳で僕を見た。ロビーの白い床に、スーツケースのキャスターが乾いた音を刻んでいる。外の十月の湿った空気が、ホテルの冷房に触れて肌の上でしっとりと冷えていく。僕たちは、お互いの正解をまだ探し続けている途中のような、そんな絶妙な距離感でここに立っていた。
屈折した光が教える、心地よいズレについて
レンブラントスタイル那覇のロビーに置かれた琉球ガラスのオブジェに、ふと目が止まった。光がその厚いガラスを通り抜けるとき、真っ直ぐだったはずの線が心地よく折れ曲がり、鮮やかな青や緑の粒子となって床に散らばっている。その不規則な色の重なりを見ているうちに、僕たちの関係も、きっとこういうものかもしれないと感じた。一直線に理解し合えることよりも、こうして少しずつ屈折して、予期せぬ色で重なり合うことの方が、ずっと人間らしい。
部屋に入ると、そこには深い青が待っていた。デラックスツインの空間は、僕たちの間の沈黙を優しく包み込んでくれる。ベッドの白いリネンのひんやりとした感触を指先で確かめながら、ゆっくりと窓辺へ歩く。カーテンを開けた瞬間、視界いっぱいに東シナ海が広がっていた。海の色と部屋のブルーが溶け合い、どこまでが境界線なのかわからない。君は窓辺に寄りかかり、ただぼーっと水平線を眺めていた。その横顔に、窓から差し込んだ光がプリズムのように細かく反射している。
翌朝、レストランで過ごした時間は、緩やかな潮の流れに似ていた。沖縄の家庭的な味が並ぶブッフェの中で、僕たちはゴーヤチャンプルーの、あの独特な苦味を共有した。苦いね、と笑い合いながら、温かいコーヒーの香りで口の中をリセットする。その単純な繰り返しが、何よりも贅沢な時間に感じられた。もともと計画を立てるのが苦手な僕たちだから、あえて目的地を決めずに街へ出たけれど、気づけば予定していた時間よりも一時間以上遅れていた。けれど、君が「これがウチナータイムっていうやつかな」と小さく笑ったとき、焦燥感は波にさらわれるように消え、ただ今の体温だけが確かになった。
夜、再び部屋に戻ると、昼間とは違う深い紺色の世界が広がっていた。照明を落とした部屋で、壁に映る街灯の影がゆらゆらと揺れている。隣で聞こえる君の規則正しい呼吸の音。それは、僕が人生で聞いたどんな精巧な音楽よりも、完璧なリズムを持っていた。完璧である必要なんてない。ただ、この不揃いなリズムを隣で感じていられること。それだけで、十分な気がする。
夜風に揺れるカーテンの隙間から、遠い街の灯りが滲んでいた。
- 予定を全部白紙にして、窓の外の海の色が変わるのを二人で眺めてみて。
- 朝食のあと、あえてゆっくりと準備をして、街の呼吸に身を任せて歩いてみて。