← 戻る ホテルパームロイヤルリゾート国際通り(旧:ホテルパームロイヤルNAHA 国際通り)

子供の寝息が、部屋の隅までゆっくり満ちていくとき

子供の寝息が、部屋の隅までゆっくり満ちていくとき

喧騒の街に、あえて家族で身を置くのはなぜか

九月の那覇は、空気が濃い。肌にまとわりつく湿度が、目に見えない薄い膜のように身体を包み込み、遠くから漂う潮風と屋台の香ばしい匂いが混ざり合って鼻腔をくすぐる。牧志駅からホテルまで歩くわずか数分の間、子供たちはどちらが先に市場の看板を見つけるかで言い争い、賑やかな笑い声が熱気に溶け込んでいた。そんな、少しだけ疲れるけれど心地よい混乱。ホテルパームロイヤルリゾート国際通り(旧:ホテルパームロイヤルNAHA 国際通り)のエントランスをくぐった瞬間、外の熱気がふっと引いていく。それは、激しい潮流の中にいたのが、急に静かな入り江に流れ込んだときのような、深い安堵感だった。

家族で旅をすると、どうしても「全員が同じ方向を向き、同じ速度で歩くこと」に執着してしまう。けれど、ここではその必要がない。国際通りの喧騒という大きな流れに身を任せ、疲れたらすぐにこの静かな聖域へ戻ってこられる。その距離の近さが、親としての肩の力をふっと抜いてくれるのだ。「次はどこへ行く?」という問いかけよりも、ふとした瞬間に子供が指差した不思議な形の看板に足を止めること。そんな、予定にない空白を許容できる場所だからこそ、ここに家族でいたいと感じる。心地よい疲労感が足首のあたりにじわりと溜まっていく感覚は、ちゃんと旅をしているという証拠のようで、少しだけ誇らしい気持ちにさせてくれた。

子供たちの心を捉えて離さなかったものは何だったか

大人がホテルの設備や立地に注目している間、子供たちの視線はもっと低いところを漂っていた。ロビーや各階に点在するアートギャラリー。そこに並ぶクメール時代などの古い彫刻たちを見たとき、上の子が「この人たち、ずっとここで僕たちを待っていたのかな」と、不思議そうに呟いた。歴史的な価値なんてことは分からないけれど、石のひんやりとした冷たさと、そこに刻まれた時間の重みを、子供たちは本能的に感じ取っていたのかもしれない。彫刻の指先の曲線や、静かに閉じられた目の形。それらをじっと見つめる子供の横顔は、いつになく真剣で、どこか神聖な空気さえ漂っていた。

けれど、そんな静寂も長くは続かない。下の子が、ホテルのバスローブをマントのように羽織って「僕はジャングルの王様だ!」と廊下を駆け出したとき、その神聖さは一瞬で消え去った。裾を思い切り踏んで、派手に転がる彼を見て、私たちは同時に吹き出した。恥ずかしそうに、でもどこか満足げに笑うその顔。そういう、計算されていない小さな事件こそが、旅の本当のハイライトになる。

その後、家族で向かったロイヤルスパ。ナノ水という、粒子が細かいお湯に浸かると、肌の表面に薄いヴェールが張ったような、不思議な滑らかさが残る。子供たちは「お湯がもちもちしている!」とはしゃいで、水面をパシャパシャと叩いていた。水滴が表面張力で丸まり、肌の上を転がる様子を、彼らはまるで新しい生き物を見つけたかのように観察していた。お湯の温度がちょうどよく、張り詰めていた身体の芯までゆっくりと解けていく。子供たちの笑い声が湯気に溶け込み、空間全体が柔らかい光に包まれているような気がした。それは、誰にとっても心地よい、優しい温度だった。

旅立ちのとき、心に深く刻まれているのはどんな記憶か

旅の最後、記憶に深く刻まれているのは、豪華な食事や有名な観光地ではなく、深夜の部屋で過ごした静かな時間だったと思う。ジュニアスイートの部屋に用意されていたDUXIANAのベッドに、家族全員で潜り込んだとき。身体の曲線に合わせてマットレスがしなやかに沈み込み、背骨のひとつひとつが解放されていく感覚。それは、深い深い水底にゆっくりと沈んでいくような、絶対的な安心感だった。

隣で、さっきまであんなに騒いでいた子供たちが、深い眠りに落ちている。規則正しい寝息が、静まり返った部屋の中に波紋のように広がっていく。その音を聞いていると、家族という存在は、個別の水滴が集まってひとつになった大きな雫のようなものだという気がしてくる。時にはぶつかり合い、形を崩し、混沌とするけれど、最後にはこうしてひとつの心地よい塊に戻る。

国際通りの賑やかさも、市場の喧騒も、すべてはこの静寂を際立たせるための前奏曲だったのかもしれない。ホテルパームロイヤルリゾート国際通り(旧:ホテルパームロイヤルNAHA 国際通り)で過ごした時間は、何かを解決したり、何かを得たりするための時間ではなく、ただ「ここに一緒にいる」という事実を確認するための時間だった。明日になれば、また日常の慌ただしい流れに戻る。けれど、このベッドに沈み込んだときの感覚と、子供たちの温もりだけは、皮膚の記憶としてずっと残っているはずだ。

窓の外で、九月の夜風がかすかに揺れている。

  • 壺屋やちむん通りまで、子供の手を引いてゆっくり歩いてみてください。路地裏で見つける小さな器が、きっと旅の宝物になります。
  • 牧志公設市場で買った色鮮やかなフルーツを、部屋のテーブルに並べて。家族で分け合う時間は、どんな高級レストランよりも贅沢に感じられます。