← 戻る ホテルみゆきビーチ

ベッドから窓まで、十数歩の距離があった

裸足で踏みしめた白い砂が、指の間をさらさらと、まるで絹のようにすり抜けていく。5月の沖縄の太陽はまだ柔らかな光を湛えているが、足裏に伝わる熱は心地よく、生命の鼓動を呼び覚ます。次男が「海だ!」と歓声を上げて走り出したとき、波打ち際の水面が鏡のようにぴんと張っているのが見えた。その繊細な表面張力を小さな足が破るたびに、冷たい白い飛沫が足首にまとわりつき、心地よい刺激をくれる。「待ってよ!」と追いかける私たちは、深い砂に足を取られて不格好に揺れるけれど、その不揃いなリズムこそが、今の私たち家族にとっての正しい調和なのだと感じた。


ホテルみゆきビーチの和洋室に足を踏み入れ、そのまま畳の上に体を投げ出した。い草の青い香りが、肺の奥までゆっくりと浸透し、日常の緊張をほどいていく。ベッドからバルコニーの窓まで、ゆっくり歩いて十数歩。そのわずかな距離があるからこそ、窓の外に広がるコバルトブルーの海が、手の届かない聖域のような美しさを持って完成するのかもしれない。長男が畳の上で大の字になり、ぼんやりと天井を見上げている。そこには静寂というよりも、心地よい空白のような時間が、潮風と共に静かに流れていた。
窓を閉め切っても、低い唸りのような波の音が部屋の隅々にまで染み込んでいる。それに混じって、廊下から漏れ聞こえてくる他の家族の弾けるような笑い声や、子供たちが駆け出す軽やかな足音。壁というフィルターを通した音は、鋭い角が取れて、どこか遠い日の記憶を辿るような懐かしさを帯びていた。エアコンが刻む低いハム音と、遠くで繰り返される波の律動が重なり合う。その不揃いな周波数が、ここでは最高の安らぎへと変換され、私たちの心を深い眠りへと誘っていく。
朝食に並んだゴーヤチャンプルーの、目に飛び込んでくる鮮やかな緑。口に運んだ瞬間、独特の苦味が舌の上で鮮やかに踊り、心地よく目が覚める。隣で次男が「にがい!」と顔をしかめていたが、その直後、好奇心に突き動かされたように不思議そうにもう一口運んでいた。塩気と苦味、そして沖縄のしっとりと湿った朝の空気が混ざり合う。豪華なフルコースよりも、この不器用で素朴な味の記憶の方が、ずっと深く心に刻まれる気がした。お箸で皿を軽く叩く小さな音が、家族の朝に心地よいリズムを刻んでいた。
夕暮れ時、部屋の中まで濃密なオレンジ色が静かに流れ込んでくる。光が液体のように、床から壁へとゆっくりと満たされていく感覚。影が長く、深く伸びて、家族の輪郭が柔らかな光の中にぼやけていく。私たちはあえて言葉を交わさず、ただ刻一刻と移ろう色の変化を眺めていた。空と海の境界線が溶け合い、世界がひとつの黄金色に塗りつぶされるとき、心の中に澱んでいた小さな不安さえも、一緒に溶けて消えていった。
プライベートビーチで拾い上げた、小さな白い貝殻。指先で触れると、ひんやりとした冷たさと、波に洗われたわずかなざらつきがある。この小さな質量をポケットに忍ばせると、まるで旅の証明書を手に入れたような、密やかな充足感に包まれた。完璧な円ではないけれど、長い年月をかけて波に揉まれ、丸みを帯びたその曲線は、今の自分たちのあり方に似ている気がした。そんな静かな思考を抱えながら、貝殻をそっとサイドテーブルに置いた。
大浴場のお湯に身を任せると、浮力によって体がふわりと軽くなり、凝り固まった思考がゆっくりと湯の中に溶け出していく。絶妙な温度のお湯が、肩に溜まった疲れを優しく解きほぐしていくのがわかる。隣で静かに目を閉じているパートナーの規則正しい呼吸が、白い湯気に溶け込んでいる。賑やかな一日が幕を閉じたあとの、この共有された静寂。言葉を交わさなくても、魂の深いところでつながっていると感じられる時間は、何よりも贅沢な贈り物だった。

波の音が、ゆっくりと夜の静寂に溶けていく。

  • 子供と一緒にプライベートビーチを散歩し、世界に一つだけの不思議な形の貝殻を探してみてください。
  • 和洋室の畳スペースで家族全員で大の字になり、天井の模様を数えながら、何もしない贅沢を味わって。