← 戻る パレスインムーンビーチ(旧ムーンビーチパレスホテル)

パジャマの襟に、かすかに残る潮の匂い

パジャマの襟に、かすかに残る潮の匂い

密林の入り口と、銀色の魔法のボタン

指先に触れたエレベーターのボタンは、驚くほど冷たくて、わずかに湿り気を帯びていた。その金属的な感触に、下の子が「ねえ、ここってジャングルなの?」と、私のシャツの裾をぎゅっと強く引っ張る。パレスインムーンビーチ / PALACE IN MOON BEACHへ向かう道すがら、視界を完全に覆い尽くしていたグリーンカーテンの深い緑。大人はそれを「手入れの行き届いた植栽」という便利な言葉で片付けてしまうけれど、子供の目には、そこは未知の生物が潜む密林に見えたのだろう。葉の間からこぼれ落ちる金色の光の粒や、雨上がりの湿った土の濃厚な匂いこそが、彼らにとっての旅の正体なのだ。3階のフロントへと続く短い廊下では、上の子がわざと足音を大きく鳴らして歩いている。コツ、コツというそのリズムは、これから始まる心地よい混沌へのカウントダウンのように響いた。チェックインを待つ間、子供たちは床のタイルの継ぎ目を、まるで地図を辿るように一生懸命に指でなぞっている。彼らの世界は常に足元から始まり、手の届く範囲の質感だけで完結している。その純粋な観察眼に触れたとき、私の心の中にあった「計画通りに動かさなければ」という硬い殻に、小さなひびが入る音がした気がした。

三日月色の砂浜に隠された、小さな宇宙の欠片

ビーチに降り立った瞬間、裸足で踏みしめた砂の温度が、ちょうど心地よいぬるま湯のように足裏を包み込んだ。1月の沖縄の風は、頬を優しく撫でるだけにとどまり、身体を強張らせることはない。下の子が忽然、歓喜の声を上げて砂の中に指を深く突き立てた。そこにあったのは、親指の先ほどの小さな、乳白色の貝殻。彼にとって、その一片のカルシウムの塊は、この世界で最も価値のある至宝なのだろう。「もっと大きいのがいい!」と言い張る上の子は、波打ち際まで全力で走り出した。追いかける私の足元で、波がさらさらと砂を奪っていく。その感覚は、心の中に澱のように溜まっていた小さな不安が、潮の流れと一緒に海へ溶け出していくみたいだった。ビーチサイドのオープンテラスからは、レストラン「コラーロ」のオープンキッチンで踊る炎の熱気と、香ばしいバターとガーリックの匂いが風に乗って届く。子供たちは食事のことなど完全に忘れて、三日月形の白い曲線に沿って、ただひたすら「宝物」を探していた。彼らの好奇心は、土の中でじっと圧力を受けながら、あるべき時を待つ種のようなものかもしれない。旅という不自由な環境に置かれることで、普段は見えない感情が押し出され、不意に芽吹く。下の子が砂浜で転んで、膝に白い砂をいっぱいつけたとき、上の子が不器用にそれを払ってあげていた。そんな、予定表にはない小さな親切こそが、この旅で一番大切な風景だったと思う。

呼吸の調べだけが満ちる、大人のための静寂

子供たちが深い眠りに落ちた後、部屋には心地よい静寂が戻ってくる。私たちが滞在した和洋室の、厚みのあるリネンに身体を深く沈めると、一日中張り詰めていた肩の力が、ゆっくりと、けれど確実に抜けていくのがわかった。窓の外に広がるのは、深い闇に溶け込んだ森か、あるいは月明かりに照らされた銀色の海か。どちらにせよ、そこには私たちがコントロールすることのできない、悠久の時間が流れている。エアコンの低いハム音が、部屋の静けさをより一層際立たせていた。隣で規則正しく繰り返される、子供たちの小さく、柔らかな呼吸音。それは、どんなに洗練された音楽よりも正確で、絶対的な安心感に満ちた周波数だ。ふと、昼間に彼らが騒いでいた時間が、遠い記憶のように感じられる。けれど、その騒がしさこそが、家族というチームが健やかに機能している証拠なのだと気づかされる。完璧なスケジュールをこなすことよりも、上の子が駄々をこね、下の子が砂を口に入れそうになる、そんな「失敗」の積み重ねこそが、私たちの絆という双葉を強く育ててくれたのかもしれない。洗面所のタイルの冷たさを足裏に感じながら、鏡に映る疲れ切った自分の顔を見て、ふっと笑みが漏れた。この心地よい疲労感こそが、私が本当に求めていた休暇の正体だったのだ。何も解決しなくていい。ただ、この静寂の中で、彼らがここにいるという事実だけを、丁寧に数えていたい。

パジャマの襟に触れると、まだかすかに、あの日の潮の匂いがした。

  • 子供と一緒に三日月型のビーチを端から端まで歩き、一番不思議な形の貝殻を探して名前をつける。
  • レストランのピアノ生演奏が始まったら、子供たちと一緒に、音の形を空中で捕まえる真似をしてみる。