← 戻る パレスインムーンビーチ(旧ムーンビーチパレスホテル)

肩と肩の距離が、ちょうどいい温度だった

肩と肩の距離が、ちょうどいい温度だった

5月の沖縄の空気は、指先で触れられるほどに密度の高い、濃密な湿り気を帯びている。潮騒の香りと、雨上がりの土の匂いが混じり合った風が頬を撫で、肌にまとわりつくような熱帯の気配が、ここが日常から遠く離れた場所であることを静かに告げていた。裸足で踏み出したホテルのタイルのひんやりした感触が、歩くたびに足裏から心地よく伝わってくる。パレスインムーンビーチ / PALACE IN MOON BEACHの3階にあるフロントへ向かう道すがら、私たちはあえてゆっくりと歩いた。庭に咲き始めたバラの濃い香りと、風に揺れる藤の花が、5月の柔らかな光を透かして淡い紫色に輝いている。その色彩が、まるで誰かが密かに用意してくれた歓迎の挨拶みたいで、少しだけ緊張していた私たちの心をゆっくりと解きほぐしてくれた気がする。「ねえ、こっちで合ってるかな」と君が不安げに呟いたとき、二人で案内図を逆さまに持っていたことに気づき、同時に吹き出した。そんな小さな、けれど確かな笑い声が、静かな廊下に心地よく響き、心地よい緊張感がふわりと消えていった。案内された洋室-ツインのドアを開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは、窓の外に広がる鮮やかな新緑と、その向こう側に溶け込むエメラルドグリーンの海。その色の重なりは、丁寧に織られたリネンの生地が幾重にも重なっているような、柔らかくて、どこか懐かしい質感を持っていた。私たちの関係も、きっとそんな織り目の深い生地のように、適度なシワがあって、呼吸ができる隙間があるからこそ、心地よくいられるのかもしれない。ビーチサイドのオープンテラスの椅子に深く腰掛け、潮風が髪を乱すのをそのままにしていると、空の色がゆっくりと、けれど確実に、淡い青から黄金色へと塗り替えられていく。夕食にいただいた琉球料理の、あの少しだけ尖った塩気と、後から静かに追いかけてくる出汁の深い甘み。それを口にしたとき、君が「あ、これ好き」と、ほとんど独り言のように小さく呟いた。その一言が、どんなに洗練された愛の言葉よりも、今の私たちには切実で、正しい答えのように響いた。もしかすると、私たちはまだお互いの正しい距離感や、心地よい歩幅を模索している最中なのかもしれない。けれど、三日月形の白い砂浜をゆっくりと歩きながら、足首まで浸かる波の冷たさと、指の間からさらさらとこぼれ落ちる砂の感触を共有しているとき、言葉を介さない安心感がそこにあった。オレンジ色の光が海面に細かく砕けて輝く中、君の肩が私の肩にふわりと触れた。その瞬間、世界がちょうどいい周波数に調律されたような、静かな納得感が胸に広がった。私たちは、ただここにいていい。何かを証明しなくていいし、無理に答えを出さなくていい。ただこの心地よい湿度と、潮の香りと、隣にいる君の体温を感じているだけで十分なのだと、心から思えた。夜、ベッドに身を沈めると、薄いカーテン越しに波の音が遠い記憶のように心地よく響いていた。明日は何をしようか。あるいは、あえて何もしないことを、二人で丁寧に計画しようか。そんなとりとめもない会話が、暗闇の中でゆっくりと、けれど確実に溶け合い、一つの心地よい静寂へと変わっていく。私たちは、この不完全なリズムを、もう少しだけ楽しんでいたいと思った。窓の外では、深い紺色の夜空に、静かに三日月が浮かんでいた。

  • 3階のフロントへ向かう道中、季節の花々が咲き誇るガーデンの香りに意識を向けて歩いてみて。
  • 三日月形のビーチで、波が引く瞬間の砂の感触を二人で静かに確かめてみるのがおすすめ。