3月の新北の朝は、空気がまだ少しだけ迷っている。外に出れば、ひんやりとした湿り気が頬を撫で、脱いだばかりのカーディガンの温もりが指先にわずかに残っている。そんな心地よい緊張感の中で、旅は始まった。
上の子が「ここは海の中なの?」と、Two Tails Hotelの壁に描かれた深い青色のイラストを指差していた。小さな指先が壁のわずかな凹凸をなぞる。その動きは、まるで水面に触れて静かな波紋を広げようとするみたいだった。描かれた魚たちが、子供の好奇心に誘われて、今にも壁から滑り出してきそうな気がする。現実と空想の境界線が、水彩絵の具のようにゆっくりと混ざり合っていく、贅沢な時間がここには流れていた。
一日の終わり、モダンで清潔なベッドに体を預けた瞬間、張り詰めていた意識の表面張力がふっと切れた。深く、深く沈み込んでいく感覚。3月の夜に心地よい、絶妙な室温が肌を包み込む。隣では子供たちが賑やかに騒いでいるけれど、それが不思議と心地よいBGMのように聞こえてくる。日中の疲れが、温かいお湯に溶け出すように消えていく。ただ横になっているだけで、自分という輪郭が、この柔らかいシーツの海に静かに浸透していくような、至福の心地よさだった。
遠くでMRTの走行音が低く響いている。それは都市の鼓動のような、一定のリズムだ。けれど、部屋の中に閉じ込められた弾けるような笑い声や、プラスチックのおもちゃが床に転がる乾いた音は、その機械的なリズムを軽やかに塗り替えていく。ここにあるのは完全な静寂ではなく、愛おしい喧騒だ。その層が幾重にも重なり合って、家族という一つの心地よい音色を奏でている。完璧な静けさよりも、こういう不揃いな音が、私にとっての「安心感」という形になるのかもしれない。
ロビーでもらった無料のアイスクリーム。下の子が嬉しさのあまりぴょんぴょんと飛び跳ね、一口目の冷たさに肩をすくめた。指先に垂れた白い雫が、春の柔らかな光の中でゆっくりと溶けていく。甘くて冷たいその感覚が、旅の行程に打たれた小さな句読点になる。豪華なディナーもいいけれど、こういう、なんてことないけれど心を満たす甘さが、子供たちの記憶には一番深く刻まれるのだろう。口の中に広がる冷たさと、それとは対照的な、スタッフの方の穏やかで温かい微笑み。
窓の外に広がる新北の街並みが、深いブルーアワーに染まっていく。輪郭が曖昧になったビル群が、夜の帳にゆっくりと溶け込んでいく様子を、家族でぼーっと眺めていた。点々と灯り始める街の光は、まるで地上に降りた星屑のようだ。Two Tails Hotelの洗練された空間から眺めるその景色に、自分たちが今、この街の大きな流れの一部に静かに浮かんでいるような、不思議な感覚に陥った。ただそこに在るだけでいい、という静かな肯定感に包まれる時間だった。
外はしとしとと小雨が降り始めていたけれど、駅からの直結通路があるおかげで、私たちの靴は濡れなかった。雨の匂いがしっとりと漂う廊下を歩きながら、外の天候に左右されない特権を密かに喜ぶ。濡れた傘を畳む煩わしさもなく、そのまま暖かいロビーへと滑り込む。そのスムーズな移動が、旅に伴う小さなストレスを静かに濾過してくれる。不便さのない心地よさは、子供を連れた親にとって、何よりの贅沢なギフトなのかもしれない。
就寝前、消灯した部屋に家族四人が集まる。暗闇の中で、誰かが小さくクスクスと笑い、誰かが寝ぼけた声を出す。この部屋という、小さな水滴のような密閉された空間が、私たちを優しく包み込んでくれている。バラバラな方向を向いていた一日の記憶が、最後には一つの心地よい静寂へと収束していく。明日もまた、賑やかな混乱が始まるけれど、今はただ、この温かな密度のなかに身を任せていたいと思った。
「明日起きたら、またあのアイスクリームを食べたいね」と、誰かが小さく呟いた。
- MRT三重駅から直結しているため、小さなお子様連れでも雨に濡れず、スムーズにチェックインできるのが心強いです。
- ロビーの無料アイスクリームは、歩き疲れたお子様への最高のご褒美になります。ぜひ提供時間を確認して楽しんでください。