「君の内部時計、完全にバグってるよね」
「遅い!本当に遅いよ!」
冷たい冬風が容赦なく頬を叩き、吐き出す息が白く濁って視界を遮る。駅の出口で、誰かがわざとらしく絶叫した。
「いや、環状線の運行間隔が悪いだけだって。僕のせいじゃないだろ」
「はいはい。君の内部時計は、たぶん別のタイムゾーンで動いてるんだよ。っていうか、そのスーツケースの車輪、変な音してない?ガガガって、まるでお年寄りの関節みたいな音がしてるけど」
「あー、多分石が挟まった。まあいいじゃん、無事に着いたんだし!」
僕たちは互いの至らなさを激しく笑い合いながら、凍えた指先をコートのポケットの奥に深くねじ込んだ。誰が一番にホテルに辿り着くかという、大の大人がやるにはあまりにどうでもいい賭けをしながら、賑やかに夜の街を歩き出した。
豪華さと不器用さが同居する聖域
幸福駅の出口からホテルまで歩くこと数分。街には揚げ物の香ばしい匂いと、冬の湿ったアスファルトの冷ややかな香りが混ざり合っていた。視界に入ってきた幸福讚精品飯店の建物は、夜の闇に浮かび上がる高いシルエットが、どこか不器用なほどに強い主張を放っている。ロビーに足を踏み入れた瞬間、天井の圧倒的な高さに言葉を失った。金色の装飾が贅沢に施された空間は、まるで1980年代の高級セダンを眺めている時のような、少しだけ時代からズレた、けれど愛嬌のある豪華さに満ちていた。掃除用洗剤の清潔な香りと、使い込まれた古い絨毯の匂いが混ざり合った空気が、肺の奥までゆっくりと入り込んでくる。
客室に入ると、そこには台北の喧騒を忘れさせるほどの、過剰なまでの空白が広がっていた。ベッドからバスルームまで、裸足で歩いてちょうど12歩。その贅沢な距離感が、旅の緊張を心地よく解きほぐしてくれる。シモンズ製マットレスの包み込むような弾力に体を沈めると、冷え切った体温がゆっくりと吸収され、心地よい倦怠感に包まれた。壁に掛けられた大型のLEDテレビが放つ淡い青い光が、部屋の隅にある小さな影を強調している。僕たちは、わざとらしく格調高い部屋の真ん中で、コンビニで買った安っぽいお菓子を広げた。この空間が持つ「格式」と、僕たちの「適当さ」の間にある時間差。そのラグこそが、この旅の正体なのかもしれない。
ふと気づくと、ミニバーに無料のクッキーが置いてあった。最後の一つを誰が食べるかで、大の大人が本気で言い争い、結果的に誰かが不意に奪い去る。そんな些細な騒動が、静まり返った部屋に心地よい振動を与えていた。また、このホテルにある無料の洗濯機と乾燥機の存在が、旅人の心を地味に救ってくれる。ガタガタと震える機械の単調なリズムを聞きながら、濡れたタオルが乾いていくのを待つ時間。効率や正解を求められない、ただの「空白の時間」がそこにはあった。翌朝、館内にある2つのレストランのうちの一つで味わった、炒高麗菜のシャキシャキとした食感と、少し甘めの葱焼滷蛋の味が、冬の朝の胃袋に静かに馴染んでいった。完璧ではないけれど、十分すぎるほど満たされる、温かな朝の記憶だ。
午前二時の、答えのない独白
「ねえ、十年後も僕たち、こんな風にくだらないことで喧嘩してるかな」
部屋のメイン照明を落とし、間接照明だけがオレンジ色の光を揺らしている。ベッドに大の字に寝転がった一人が、ぽつりと呟いた。
「さあね。多分、今よりもっとひどい言い合いをしてると思うよ」
「ふふ、そうだね。まあ、それでいいか」
「というか、そもそも十年後まで、僕たちがこうして一緒に旅行できるっていう確信があるのか?」
「ないよ。全然ない。でも、今ここに一緒にいることだけは確かだよね」
答えを出す必要はない。ただ、隣で聞こえる規則正しい寝息と、遠くの通りを走る車の走行音が、今の僕たちにとっての唯一の正解だった。静寂の中で、互いの存在だけが確かな温度を持ってそこにあった。
窓の外では、冬の夜風が静かに街の輪郭を塗り替えていた。
- 幸福駅近くの福壽街で、地元の人に混じってB級グルメを探索してみてほしい。
- 宿泊者は無料で使える洗濯機があるので、冬の厚手の服をまとめてリセットするのがおすすめ。