← 戻る ホテルラフォーレ那須

テラスに残った笑い声の残像

湿ったアスファルトの匂いが、車のドアを開けた瞬間に肺の奥まで入り込んできた。誰が一番先に充電器を忘れるかというくだらない賭けをしていたけれど、結局は三人で一本のケーブルを奪い合う羽目になった。ホテルラフォーレ那須に到着したとき、私たちの間にあったのは、旅への期待よりも「誰が一番準備不足か」という、子供のような競争心だった。



湯気を立てた那須の高原野菜が、テーブルの真ん中で淡い色彩を放っている。根菜の土っぽい濃厚な甘みが舌の上に残り、キンと冷えた白ワインがそれを静かに洗い流していく。美味しいね、なんて言葉にするのは気恥ずかしいけれど、誰一人として箸を止めない時間が、どんな言葉よりも雄弁に満足感を伝えていた。


「いい大人がロフトベッドで争うなよ」という鋭いツッコミが飛ぶ。けれど、誰が上の段を確保するかという戦いは、もはや生存競争に近い熱量を帯びていた。木製の梯子がギシギシと鳴り、結局じゃんけんで決まった勝者が、勝ち誇った顔で登っていく。その背中を見上げながら、私たちは心地よい敗北感と、少しの羨ましさに浸っていた。


ススキの原の中で、誰かが「エモい写真」を撮ろうと必死に角度を探していた。けれど高原の風が予想以上に強く、全員の髪が顔にべったりと張り付き、結果的にひどい顔の集合写真が出来上がった。それを見た瞬間、同時に笑いが弾けた。完璧な景色よりも、この壊れた瞬間の方が、ずっと私たちの輪郭をはっきりさせてくれる気がした。


午前六時の光は、深い藍色をしていた。窓ガラスを透過して部屋に落ちる光が、プリズムのように細かく屈折し、白い壁に淡い模様を描いている。まだ誰も起きていない静寂の中で、自分の呼吸の音だけが、この広い空間にゆっくりと溶けていく。世界に自分だけが取り残されたような、贅沢な孤独だった。


裸足で踏んだフローリングの、芯まで冷えるようなひんやりとした温度。コテージのロフトからリビングまで、数歩歩けば誰かの穏やかな寝息が聞こえてくる。トイレまで歩くわずかな距離に、このグループの適度な距離感が凝縮されている気がした。近すぎず、けれど決して孤独ではない、絶妙な隙間がそこにはあった。


不意に降り出した雨が、屋根を激しく叩き始めた。予定していた散歩は諦めて、レンタルしたボードゲームを広げる。ルールの解釈を巡って言い争い、誰かがわざと負け、また笑う。外の世界が雨のカーテンに塗りつぶされていくほど、この四角い空間の密度が濃くなり、心の距離が縮まっていくのがわかった。


夜、テラスに出ると、月が枝の隙間からこちらを覗いていた。冷たい夜気に身を縮めながら、特別な会話はもう必要ないと感じる。ただ隣に誰かがいるという、体温のような気配だけが心地いい。明日になればまたそれぞれの日常に戻るけれど、この夜の静寂だけは、ずっと記憶の底で淡く明滅し続けるだろう。

暗がりに溶けていく、誰かの小さく欠伸をする音。

  • 地元の野菜がたっぷり入った朝食は、胃袋からゆっくりと目覚めさせてくれるからおすすめ。
  • 貸切の岩風呂で、あえて何も話さずにぼーっとする時間が一番の贅沢かも。