← 戻る ホテルエピナール那須

濡れた靴底が、絨毯に吸い込まれる音

湿った空気が運んできた、賑やかな不協和音

濡れたナイロンのジャケットが肌にまとわりつく、じっとりとした重み。ロビーに足を踏み入れた瞬間、外の冷たい雨の匂いと、ホテルの温かな絨毯が放つ乾いた香りが混ざり合い、鼻腔をくすぐった。「ねえ、予約したのは誰だっけ?」そんな混乱さえも、旅のスパイスのように心地よい。ホテルエピナール那須の高い天井に、私たちの笑い声が弾むように反射して跳ね回る。濡れた肩を指差して笑い合う私たちは、広大な那須高原の自然に抱かれたこの場所で、日常の鎧を脱ぎ捨て、心地よい喪失感に浸っていた。

このリゾートが私たちに教えてくれた、愛すべき不器用さ

「皿の上の領土争い」という不毛な競争 バイキングで那須の新鮮な野菜を山のように盛り付けたとき、私たちは気づいた。美食を堪能することよりも、「どれだけ高く積めるか」という建築的な挑戦に燃えてしまう、自分たちの幼稚な性質に。崩れ落ちたアスパラガスの、しなりとした感触と、それを見た瞬間の全員の脱力感。「あーあ、崩れた」という誰かの呟きに、私たちは同時に吹き出した。食欲よりも好奇心が勝ってしまう、そんな不器用な関係性がここにはあった。

大人が「ベビー&キッズルーム」に潜り込む特権
低いベッドに大人が4人で身を寄せ合うと、視界が地べたに近づき、不思議と心まで緩む。床に近い場所で交わす会話は、なぜかいつもより正直で、少しだけ幼い。「大人でいることに疲れたね」という本音が、低い天井の下で心地よく共鳴していた。重心を下げることで、忘れかけていた純粋な好奇心が、静かに目を覚ますのを感じた。ここは、大人が一時的に「子供」に戻れる聖域だった。

雨音を「最高のBGM」として受け入れる諦め
予定していた観光ルートが雨で塗りつぶされたとき、私たちはもがくのをやめた。窓を叩く雨粒の不規則なリズムを聴きながら、ただ部屋でダラダラと過ごす。効率的に動くことよりも、何もしない時間を共有し、雨の匂いに身を任せるほうが、ずっと贅沢な旅の形なのだと気づかされた。予定調和を壊してくれた雨に、心から感謝したくなった。空白の時間こそが、旅の真髄なのだ。

シャトルバスという名の「日常からの断絶」
那須塩原駅からホテルエピナール那須へ向かうバスの、心地よい小刻みな振動。窓の外を流れる深い緑のグラデーションを眺めていると、都会のノイズが静かに消えていく。目的地に着くまでのあの短い時間こそが、心をリセットするための儀式だったのかもしれない。私たちは、揺れる車内で、ゆっくりと「旅人」へと姿を変えていった。エンジンの低い唸りさえも、心地よい子守唄のように聞こえた。

リストの外側で見つけた、青い静寂

プランにはなかった。けれど、夜の気配が深い藍色に染まった頃、私たちは誘い合うように外へ出た。6月の夜気は、肌に触れるとひやりと冷たく、森の湿り気を帯びている。庭の隅で、小さな光が不規則に明滅していた。ホタルだ。その光は、あまりに儚くて、触れればすぐに消えてしまいそうな、夜の呼吸のようだった。私たちは、誰一人として声を上げなかった。ただ、暗闇の中で光の粒が描く不完全な曲線を見つめていた。完璧な計画よりも、こういう「予定外の空白」があるほうが、旅は記憶に深く刻まれる。深い森の静寂が、私たちの心の隙間を優しく埋めていく。

濡れた靴を脱ぎ捨てて、陽だまりのような温かいシーツに潜り込む。

  • バイキングの地元野菜を堪能してほしい。素材の味が、雨の日の心に心地よく染み渡る。
  • ベビー&キッズルームのローベッドで、あえて子供のように、とりとめもない話を夜通ししてほしい。