鼻の先がツンと凍える、あの鋭い感覚からこの旅は始まった。12月の那須高原に漂う空気は、まるで薄いガラス細工のように張り詰めていて、深く呼吸をするたびに肺の奥まで冷たい結晶が降り積もる心地がした。外へ踏み出せば、夜の闇に溶け出す色とりどりのイルミネーションが幻想的な光の粒子となって舞っている。私たちはどちらからともなく、厚いコートの襟を立てて、肩が触れ合うほどに距離を詰めた。歩くたびに靴の下で凍った土が「サクッ」と小さく鳴る。その乾いた音が、今の私たちの間に流れる、心地よくも危うい距離感を刻むメトロノームのように響いていた。ホテルエピナール那須の重厚な扉を開けた瞬間、まるで別の世界へ潜り込んだかのように、濃密な温もりが肌を包み込んだ。外の凍てつく静寂から、誰かの弾むような笑い声や、足裏に心地よく沈み込む柔らかな絨毯の感触がある空間へ。その劇的な温度差に、強張っていた肩の力がふっと抜けていく。「あったかいね」と誰が言ったのか、小さな呟きが湯気のように消えた。もしかすると、私たちはこの温度の境界線に身を置くことで、心の中の凍りついた何かを溶かしに来たのかもしれない。ディナーに訪れたフランス料理の「メリメランジュ」では、大きな窓の外に広がる那須連山のシルエットが、深い群青色に染まっていた。運ばれてきた地元野菜のソテーからは、雨上がりの森のような濃い土の香りが立ち上がり、黄金色のバターのコクが舌の上でゆっくりと、甘美に溶けていく。料理の味について言葉を交わすよりも、クリスタルグラスの中で揺れる深い赤色のワインを、ただ静かに眺めている時間の方がずっと長かった。けれど、その沈黙こそが今の私たちには心地よかった。ふと、あなたがスマホで写真を撮ろうとしたけれど、レンズが真っ白に曇って何も見えなくなった。その拍子に二人で顔を見合わせて、子供のように小さく笑い合った。「あはは、何も見えない」そんな、取るに足らない瞬間が、今の私たちには一番しっくりくる。プレミアムEXルームに戻り、ベッドのシーツに指先で触れる。パリッとした清潔なリネンの質感と、身体を優しく包み込む適度な重みのある掛け布団。広い部屋の中で、私たちはあえて言葉を選ばず、ただ同じ空間に漂っていることを静かに受け入れていた。温泉で芯まで温まった後の肌に触れる空気は、少しだけひんやりとしていて、それがかえって心地いい。身体がゆっくりと元の温度に戻っていく過程で、心の中にあるもやもやとした感情も、凪いだ海のように静まっていく感覚があった。完璧に理解し合うことなんて、きっと不可能なのだろう。それでも、この静かな夜に隣に誰かがいるという事実だけが、確かな重さを持ってそこにあった。朝、重いカーテンをゆっくりと開けると、冬の澄み切った光が、粒子となって部屋いっぱいに流れ込んできた。昨夜の賑やかさが嘘のように静まり返った高原の景色。私たちは、まだ答えの出ない関係のままで、ゆっくりと時間をかけて、この場所の呼吸に自分たちのリズムを合わせていった。心地よい疲れと、少しの気恥ずかしさ。そんな不完全な旋律のまま、また日常という喧騒へ戻っていくけれど、指先に残った冬の空気の冷たさと、あの温かな絨毯の感触だけは、きっと消えない記憶として刻まれているはずだ。
- メリメランジュで、窓の外の那須連山を眺めながら、ゆっくりと時間をかけてメインディッシュを味わうこと。
- チェックアウトの朝、少しだけ早起きして、冷たく澄んだ高原の空気を深く吸い込んでから出発すること。