← 戻る the b 名古屋

氷が溶ける音だけが、部屋に満ちていた

氷が溶ける音だけが、部屋に満ちていた

「ここ、ちょうどいい温度だね」

「ここ、ちょうどいい温度だね」
君がそう言って、ふわりとベッドに体を沈めた。
「本当だ。外はあんなに騒がしかったのに」
私が答えると、君はいたずらっぽく笑い、私の指先にそっと自分の指を重ねた。
まだ、どちらからともなく距離を測り合っているような、そんな静かな時間が流れる。
冷房の心地よい風が、火照った肌を優しく撫で、都会の喧騒を遠ざけていった。

都会の喧騒を脱ぎ捨てて、静寂に溶ける時間

指先に触れるシーツの、ひんやりとした清潔な感触。the b 名古屋のキングサイズベッドは、二人で横になっても十分な余白がある。その空白こそが、今の私たちには心地よい距離感だった。

七月の名古屋は、空気が重い。湿度という名の透明な膜が街全体を包み込み、久屋大通公園を歩いたとき、肌にまとわりつくあの湿り気は、もどかしさと同時に、誰かに触れていたいという切望を呼び起こす。栄駅からホテルまでのわずか三分の道のり。アスファルトから立ち上がる熱気が足首をじりじりと焼く。それでも、隣を歩く君の袖が時折触れるたびに、その熱ささえも二人で共有している特権のように感じられた。

喉を通り抜ける冷たいお茶の鋭い感覚と、昼に味わったひつまぶしの香ばしく甘いタレの記憶。それらが旅の輪郭を鮮やかに彩る。シャワーを浴びた後の、濡れた髪から滴る水滴が肩に落ち、タオルの厚みとかすかな洗剤の香りが、外の世界で張り詰めていた心をゆっくりとほどいていく。ユニットバスという限られた空間の中で、鏡越しに目が合ったとき、私たちはどちらからともなく小さく笑い合った。言葉にしなくていいことが、こんなにも心地よいなんて。

私たちは、完璧に分かり合いたいわけではない。ただ、この冷房の効いた静寂の中で、お互いの呼吸のリズムがゆっくりと同期していくのを、ただ眺めていたい。ふと、君が私の髪に触れた。その指先の温度は、外の猛暑よりもずっと切実で、胸の奥が小さく疼いた。

「ねえ、明日はどこに行こうか」

その問いに答えず、私は心地よい停滞に身を任せた。ふいに君が「実は、浴衣の帯、結び方がちょっと変だったかも」と耳元で囁き、肩が触れ合う。その不器用な告白に思わず吹き出した。そんな、なんてことない瞬間こそが、この旅で一番大切だったのかもしれない。

窓の外では、遠くで花火のような音が聞こえた気がした。でも、ここでは、エアコンの低い唸りと、君の穏やかな寝息だけが、唯一の正解として響いている。照明を落とした部屋の中で、カーテンの隙間から漏れる街の光が、シーツの上に細い線を描いていた。その光の線に指で触れようとして、やっぱりやめた。今のこの、触れそうで触れない距離感こそが、私たちの今の正解なのだと思う。

濡れたままのサンダルが、玄関で静かに夜を待っている。

  • 栄駅からホテルまで、あえてゆっくり歩いて、夜の街の匂いを感じてみて。
  • チェックアウトの前に、二人でベッドの上で、あてもない明日の話をしよう。