僕らの「迷走」を黙して見ていた5つのもの
- 自動チェックイン機の無機質な画面: ほのかに熱を帯びたガラスの感触と、静まり返ったロビーに響く「ピッ」という電子音。誰が最初に操作を間違えるかという、大して意味のない賭けに興じていた僕らの、ひどく不器用な指の動き。画面に映る自分の情けない顔に、誰かが「今の顔、最高に似合ってるね」と口にした、あのくだらない空気感まで記録していた気がする。
- 20階から見下ろすトレインビューの窓ガラス: 遠くで電車のライトが白い線になって流れていく。窓に額を押し当てると、かすかに線路の振動が骨まで伝わってきた。どの列車が一番速いか、あるいはどこへ向かっているのかを言い合いながら、外の世界に憧れと不安を同時にぶつけていた、あの子供みたいな僕らの横顔を、この透明な壁は静かに映し出していた。
- スランバーランドベッドの真っ白なシーツ: 洗いたての、少しパリッとした清潔な感触と、かすかな洗剤の香りが鼻をくすぐる。深夜3時、誰が一番長く起きているかという静かな競争が始まり、結局は誰かがポツリと漏らした「本当は、明日が来るのが怖い」という本音に、全員が絡まり合って眠った、あの混沌とした夜の心地よい重さを、この布地は覚えているはずだ。
- ウェルカムドリンクのグラスに付いた水滴: 指先でなぞると、ひやりとした冷たさが肌に張り付く。これから始まる「新しい生活」という正体不明の不安を、無理やり笑い飛ばして乾杯した時の、あの少しだけ震えていたグラスの振動。飲み干した後に残った、氷がカランと鳴る乾いた音さえも、僕らにとっては心地よいリズムだった。
- バスルームのタイルのひんやりした温度: 裸足で踏んだ瞬間に、意識が強制的に引き戻されるあの鋭い感覚。誰が一番にシャワーを浴びるかで揉め、結局全員が時間をオーバーして、鏡の前で濡れた髪をかき上げながら「やばい、もう時間だ!」と叫んでいた、あの慌ただしい朝の温度。もしかしたら、あの冷たさこそが、僕らを現実に戻してくれる唯一のスイッチだったのかもしれない。
もし、この部屋の記憶が言葉を持つなら
彼らは僕らのことを、きっと「風に舞う直前の種」みたいに表現するだろう。4月の名古屋は、どこか落ち着かない、期待と不安が混ざり合った湿り気のある空気が流れている。名鉄イン 名古屋駅新幹線口という、新幹線の改札から歩いてすぐのこの場所は、僕らにとって、社会という広い野原に飛び出す前の、最後の一時的なシェルターだった。スーペリアルームの整った空間で、根を張る前に一度だけ激しく揺られたい、誰にも見えないところで全力でくだらないことをしたいという、若さゆえのわがまま。「おい、地図だとこっちのはずだろ!」と言い合いながら、なぜかエレベーターまで辿り着けず3分間同じところをぐるぐる回っていた僕らの情けなさを、彼らはきっと笑いながら眺めていたはずだ。彼らは僕らが言い合った意味のない冗談や、不意に訪れた気まずい沈黙、そして誰かがこっそり漏らした溜息のようなものを、ただ静かに、地層のように積み重ねて保管していた。それは綺麗に整理された旅の思い出ではなく、もっと泥臭くて、不格好で、けれどどうしようもなく温かい、僕らが「ここにいた」という確かな証のような塊なのだと思う。
窓の外、桜の花びらが一枚だけ、ゆっくりと速度を落として落ちていった。
- 名古屋城まで歩いて、金鯱の下でわざと不格好な集合写真を撮ること。
- 駅近くの店で、甘辛い味噌カツを頬張りながら、次の目的地を適当に決めること。