「地図の読み方、義務教育で習わなかった?」
「ここ、本当に合ってる?」
「いや、絶対こっちだって。地図見てよ」
「見てるから言ってるの。あんたの持ってるスマホ、さっきから逆さまじゃない?」
「えっ」
「あはは!マジで言ってんの?信じられないんだけど!」
「……まあ、結果的に着いたからいいじゃん」
「いいわけないでしょ。徒歩三分の道を十分かけて歩くとか、私たちのチームワーク、絶望的すぎない?」
「まあまあ。その分、桜をたくさん見たし」
「それ、ただ迷ってただけじゃん!」
四月の冷たい風に吹かれ、桜の花びらが舞い散る中、私たちは互いの肩を突き合いながら、腹の底から笑い転げた。
都会のノイズを濾過する、純白の静寂
JR名古屋駅の桜通口を出た瞬間に押し寄せる、あの圧倒的な人の波。四月の空気はまだ刺すように冷たく、コートの襟を立てても首筋に春風が忍び込んでくる。駅前は巨大な生き物のように絶え間なく鼓動し、急ぎ足の靴音や信号機の電子音が重なり合って、一つの巨大なノイズとなっていた。けれど、モンブランホテルラフィネ名古屋駅前へと足を踏み入れた瞬間、その喧騒がふっと消える。正確に言うと、消えたのではなく、心地よい静寂というフィルターを通したのだ。
ロビーに漂うのは、洗練されたビジネスホテルらしい、端正で無駄のない空気感。それはまるで「丁寧にアイロンがけされた白いシャツ」のような、凛とした静けさだった。チェックインを済ませ、カードキーをかざして部屋のドアを開けたとき、私たちは同時に深く息を吐いた。ひんやりとしたリネンの香りと、足裏に心地よく吸い付くカーペットの弾力が、外の世界で張り詰めていた神経をゆっくりと解きほぐしていく。
このモダンな空間は、私たちにとっての贅沢な『バッファ』だった。旅というものは、常に何かを決定し、移動し、消費し続ける連続だ。けれど、ここにあるのは、ただ「そこに在る」ことだけを許してくれる静謐。洗面台のコンパクトで機能的な設計は、効率的に身支度を整えてまた街へ飛び出せという、名古屋という都市のリズムを反映しているのかもしれない。窓の外に広がる夜景が、宝石をぶちまけたようにきらめき、部屋の中の温かな照明とコントラストを描いている。私たちはこの白い空間に、自分たちのバラバラな感情を放り投げた。誰かがベッドにダイブし、誰かがぼーっと外を眺める。その沈黙さえも、心地よい周波数となって部屋を満たしていた。
午前二時、剥き出しの心と甘い香り
「ねえ、来年から本当にあっちの街で生活するんだな」
「うん。正直、めっちゃ不安。ついていける気がしないし」
「あはは、あんたがそんなこと言うなんて珍しいね」
「うるさいな。たまには真面目な話させてよ」
「まあ、なんとかなるでしょ。だって、こんなに迷路みたいな道を歩いてホテルに着いたんだから」
「……それ、褒めてないよね」
ふと、誰かが買ってきた地元のお菓子を開けようとして、袋がパチンと破裂し、中身がベッドの上に散らばった。一瞬の静寂の後、私たちは同時に爆笑した。真面目な空気なんて、このグループには似合わない。
「いいじゃん、これで明日のおやつ確保できたし」
「汚いよ!誰が片付けるの!」
「当然、地図を逆さまに持ってたリーダーでしょ」
「またそこに戻るかよ!」
笑いながらも、この時間がいつか遠い記憶になることを分かっていた。カーテンの隙間から忍び込む夜風が、私たちの笑い声を優しく包み込んでいた。
カーテンの隙間から差し込む、淡い青色の夜明けが、新しい始まりを告げていた。
- ホテル内のレストランで、名古屋の深い味わいが詰まった朝食をゆっくりと堪能すること。
- 駅までのわずか三分の道を、あえてゆっくり歩いて、春の香りを深く吸い込むこと。