← 戻る ホテルフォルツァ名古屋栄

エレベーターの中で消えなかった笑い声

矢場町駅からホテルフォルツァ名古屋栄まで、誰が一番先に道を間違えるかという、くだらない賭けをした。結果は惨敗。全員が同じ方向へ迷い込み、見知らぬ路地で立ち尽くす。アスファルトを叩くスーツケースの乾いた音が、都会の喧騒に混じって妙に心地よいリズムを刻んでいた。三月の風はまだ鋭く、コートの襟を立てるたびに、隣で弾ける誰かの笑い声が、冷えた耳の奥に温かく溶けていく。



ひつまぶしの香ばしい焦げた匂いが、空腹の鼻腔を強烈にくすぐる。お茶漬けにした瞬間、出汁の黄金色の温もりが喉を通り、胃の奥までじんわりと解きほぐしていく。指先に残った、ほんのり甘いタレのねっとりとした粘り気。誰が一番多く食べたか、口の周りを指さして子供のように言い合う。そんな、意味のない時間が旅の正解なのだと、心から信じられる。


「桜の開花予想なんて、ただの目安に過ぎないでしょ」と、誰かが鼻で笑った。実際、街の木々はまだ深い眠りについているようで、期待と現実の残酷なギャップに、私たちは肩をすくめる。言い合いながら歩く栄の街は、少しだけ騒がしくて、だからこそ心地よい。正解を求める旅なんて、本当は退屈なだけだ。迷い、間違え、笑い合う。その不完全さが、旅を鮮やかに彩る。


ロビーラウンジのワインサーバーの前で、誰が一番「通」な顔をして注げるかという、静かな競争が始まった。クリスタルグラスに当たる液体の、高く澄んだ音。オレンジ色の照明が液体に反射し、テーブルの上に小さな光の粒が宝石のように散らばっている。結局、誰が選んだ銘柄かも分からず全部飲み干してしまったけれど、その適当さが、心地よい解放感に変わっていた。


朝六時のヒーリングダブル。カーテンのわずかな隙間から差し込む光が、真っ白なシーツの上でプリズムのように分かれている。意識が半分だけ眠りの底に沈んでいるけれど、その光の粒だけをじっと眺めていた。静寂には、ベルベットのような質感がある。誰にも邪魔されない、自分だけの呼吸を確認できる時間。それは、都会の真ん中で見つけた贅沢な空白だった。


スタイラーから漏れる、しっとりと温かい蒸気の匂い。昨日の歩き疲れをすべて吸い取ってくれるような感覚に、ふと意識が緩む。裸足で踏みしめたタイルの、ひんやりとした心地よい温度。シャワーパネルから降り注ぐ強めの水圧が、皮膚の表面に張り付いた緊張を、一枚ずつ丁寧に剥がしていくのが分かった。


街角でふと見かけた雛人形の、静謐な佇まい。色鮮やかな衣装が纏う静けさと、私たちの賑やかさのコントラスト。誰かが「あ、今の私たちに似てる」と小さく笑った。名古屋城へ向かう道すがら、春分を待つ空気の微かな震えを感じながら、私たちはまた、どうでもいいことで言い合いを始めた。その不協和音さえ、今は愛おしい。


五十インチのテレビを消すと、部屋は一瞬にして深い闇に包まれる。ホテルフォルツァ名古屋栄のベッドに深く沈み込んだとき、体がゆっくりと受け止められる心地よい重み。明日の予定を決めないまま、心地よい疲労感に身を任せる。隣の部屋から微かに聞こえる生活音さえ、今は孤独を埋める安心感として機能していた。

窓の外、名古屋の夜景が滲んで、心地よい。

  • 栄の街をあてもなく歩いて、自分たちだけの「変な店」を探してほしい。
  • ホテルのマッサージチェアで、完全に脱力して泥のように眠るのが正解。