← 戻る ホテルビスタ名古屋[錦]

冷たいフローリングに、小さな足跡がついていた

冷たいフローリングに、小さな足跡がついていた

チェックインのとき、フロントで受け取ったカードキーの角が、指先に少しだけ冷たく触れた。外は、空気がねっとりと肌に張り付くような8月の名古屋。エアコンの効いたロビーに入った瞬間、肺の中まで冷やされる感覚が心地よかった。私たちは、完璧なスケジュールを立ててここに来たはずだったけれど、実際には、子供たちの「あれやりたい」「これ食べたい」という気まぐれなリズムに振り回される旅になる。でも、それでいい。むしろ、そのズレこそが、後で思い出すときの心地よいノイズになるのだと思う。

最初の記憶 ── ライブキッチンの喧騒と、オレンジ色の朝

朝7時。まだ意識が半分だけ眠っているとき、鼻をくすぐったのは、焼きたてのパンとバターの香ばしい匂いだった。ホテルビスタ名古屋[錦]の朝食会場、ライブキッチンから聞こえてくる、フライパンとヘラがぶつかり合う軽快な金属音。それはまるで、一日の始まりを告げる小さなパーカッションのようだ。

上の子は、シェフが目の前で卵を焼く様子に釘付けになっていた。小さな指でテーブルの端をトントンと叩きながら、「いつ私の分ができるの?」と何度も問いかける。大人は、少し苦味のある濃いめのコーヒーを啜りながら、その様子をぼんやりと眺めている。子供たちが選んだのは、色とりどりのフルーツと、甘いシロップをたっぷりかけたパンケーキ。口の周りを白く汚しながら、幸せそうに頬張る姿を見ていると、胸のあたりがじんわりと温かくなる。

彼らにとっての旅の目的は、観光地を巡ることではなく、この「いつもの家ではない場所で、好きなものを食べる」という特権的な時間にあるのかもしれない。私たちは急いでいたけれど、誰一人として時計を見ていなかった。ただ、目の前にある料理の温度と、家族の笑い声という周波数に、身を任せていた。


二度目の記憶 ── 汗ばむ背中と、味噌カツの濃い味

昼下がり。久屋大通公園へ向かう道すがら、アスファルトから立ち上がる陽炎が視界をゆらゆらと揺らしていた。名古屋の夏は、容赦なく肌を焼く。子供たちは、歩き始めて10分で「疲れた」と口を揃え、大人はそれをなだめるのに必死だった。けれど、どこからか漂ってきた、甘辛い味噌の香りが、彼らの足を再び動かした。

屋台で買った味噌カツのスティック。熱々の衣に絡みつく濃厚なタレが、指先に一滴垂れた。それを慌てて拭いながら、ベンチに座って分け合う。口の中に広がる濃い味が、暑さでぼーっとしていた意識を鮮やかに呼び戻してくれる。隣では、下の子が飲みかけのラムネを振って、シュワシュワと弾ける泡に目を輝かせていた。

名古屋テレビ塔を見上げると、青すぎる空に、白い雲がゆっくりと形を変えていく。予定していた美術館には行けなかった。けれど、汗だくになって歩き、路地裏で偶然見つけた小さな駄菓子屋で笑い合った時間の方が、ずっと価値がある気がする。旅における「失敗」とは、実は「新しい発見」の別名なのだ。私たちは、地図を閉じて、ただ風の吹く方向へ、子供たちの好奇心というコンパスに従って歩いた。


最後の記憶 ── 深夜の静寂と、白いリネンの心地よさ

夜、祭りの喧騒を通り抜けて部屋に戻ってきたとき、一番に感じたのは、裸足で踏んだフローリングのひんやりとした温度だった。心地よい疲れが足首まで溜まっている。ホテルビスタ名古屋[錦]の部屋に入り、まず驚いたのは、水回りがそれぞれ独立していることだった。子供たちが洗面所で賑やかに歯を磨いている間、大人は静かにバスルームで湯船に浸かることができる。この「適度な距離感」が、家族旅行における精神的な余裕を生んでくれる。

お風呂上がりに、サータ製のマットレスに体を沈めると、まるで大きな雲に包み込まれたような感覚になった。シーツのパリッとした質感と、かすかな洗剤の香りが、高ぶっていた神経をゆっくりと解きほぐしていく。子供たちは、いつの間にかベッドの上で丸くなって、規則正しい寝息を立てていた。

彼らが眠りについた後、大人の時間。コンビニで買った少し贅沢なプリンと、冷えた白ワインを二人で分かち合う。部屋の明かりを落とし、窓の外に広がる名古屋の夜景を眺めながら、今日起きた小さな事件について話し合う。「あの子、あんなところで転んでたね」「でも、すぐに笑ってたし」

誰にも邪魔されない、静かな時間。足りないものがあるからこそ、今ここにある充足感が際立つ。私たちは、明日もまた、予測不能な子供たちのリズムに振り回されるだろう。けれど、この柔らかいベッドと、静かな夜があるなら、それも悪くないなと思う。

冷たいフローリングに、小さな足跡がついていたけれど、それを拭かずにそのままにしておこうと思った。

  • ライブキッチンで焼きたてのオムレツをリクエストすること。子供たちの目が一番輝く瞬間です。
  • 栄駅や久屋大通駅から徒歩圏内なので、あえて地図を持たずに、路地裏の小さな店を探してみる散歩がおすすめです。